第二章 洋館探索編

第17話 洋館探索の始まり

 訓練が始まって数日が経った。



「──ぎゃあああァッ!?!!?」



 現状を客観的に見るならば、先輩の所属する組織の一員として活動できていて、人生で初めて友人もできたというこの状況は、まさしく幸福と言えるものだろう。



「──んぎいいいいィッ!?!!!??!」



⋯⋯当然、訓練による成長も強く感じている。



「──死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ!?!??」



⋯⋯⋯⋯まぁ、主に肺活量とか⋯⋯



 しかしそんな刺激的な生活は、思いのほか早々と塗り替えられることとなった。




──────────────────




「──よーし!到着!!」



 古びた洋館に入ってすぐ、鵺が快活な声を上げた。


 周りを窺いながらも俺、橘さ⋯⋯橘、そして如月さんが後に続き、計四名が玄関口で立ち止まる。



「鵺、すぐに入っちゃってよかったんですか?打ち合わせとか一切してませんけど⋯⋯」


「んー?あー、まぁ普通に不法侵入だからね。長時間家の前でうろちょろしてる訳にはいかないよ」


「「え」」



 鵺はけろりとした顔で犯罪行為を宣言する。



「⋯⋯?つまり、ここは私有地なんですか?」



 ぎょっとした様子の俺と橘に比べて、如月さんは冷静に質問を投げかける。



「そ。といっても、今は住んでる人いないんだけどね。この洋館を所有している名義もおそらく使い捨てだし、既に放棄されてると見てよさそうかな」



──洋館の探索と調査。


 それこそ、今回この建物に侵入した目的であり、先輩から与えられた初めての任務だった。



「広い建物だし、とりあえず二手に分かれて探索しようか。ツーマンセルってやつだね!」



 この建物は今いる玄関口を中心として東棟と西棟の二棟に分かれているため、時間的効率を考えれば適切だろう。



「パパっと成果を出して、雫と神威達に褒めてもらっちゃおう!」


「⋯⋯⋯⋯」




──数日前、妖怪探偵事務所──




「──ダメだ。認められない」



 神威さんは鋭く言い放った。



「もー!文句言わない!」


「新人の雑魚共とお前だけで洋館を調査するというのがどれだけ馬鹿げた行為か分かってるのか?」


「しょうがないでしょ、人手不足なんだから!それに神威もジェイソンもクロックも、雫から『秋』に来るよう指示されてるじゃん!」


「その判断がまともじゃないと言ってるんだ。あの女は何を考えてる?」


「分かるわけないでしょ、雫の考えなんて」



 お互い一歩も譲らずに舌戦を繰り広げている。



「それに、あくまでこっちは調査をするだけだよ?一年中ヤクザが戦争してる『秋』に比べたら安全も安全、違う?」


「そういう問題じゃない。戦闘能力の無いお前を一人で行かせる訳にはいかないって話だ」


「いや一人では──」


「──雑魚は人数に数えない」


「こいつ⋯⋯っ!」



「──俺も神威に賛成だ」



 怒りで声を震わせる鵺に被せるように、クロックが神威さんに同調する。



⋯⋯なんか、この流れ前にも見たな。


 ジェイソンがとことん興味無さげというのも含めて、既視感のある光景だった。



「一つずつ片付けていくんじゃ駄目なのか?洋館探索は、俺たちが任務を片付けてからでもいいだろう?」


「⋯⋯うーん⋯⋯雫、最近忙しそうだからさ。こっちでできそうなのは早めに片付けておいてあげたいんだよね」


「⋯⋯だとしてもだ。人の手から離れて久しいなら、海蜘蛛が巣を張っていたっておかしくない」


「海蜘蛛くらいなら、オレサマが全部倒せるぞ」


「信じられるかボケ」


「コイツ⋯⋯っ!」



 今度はヴィクトリアが怒りを露わにする。



⋯⋯個人的には、先輩の役に立てるのならば引き受けないという選択肢は無いのだが、神威さんの言葉も最もだった。



 如月さんはともかく、俺と橘は未だに戦闘経験が少ない。


 そもそも日数から考えて、まだ実戦投入には早い段階だろう。


⋯⋯仕方ない⋯⋯ここは私情を挟まず、冷静な判断を──



「──アカネ君は私の味方だよね!?雫の役に立つチャンスだもんねっ!?」


「はい!!!」


「うわうるさっ」



⋯⋯しまった、つい条件反射で。



「こほん。何回も言うけど、あくまで目的は調査!危険度は低いし、いつまでも新人を出し渋る訳にもいかない。何より私は雫に褒められたい⋯⋯!」



「⋯⋯⋯⋯おいガキ共」



 鵺との問答は無意味と判断したのか、神威さんはぎょろりとこちらを睨みつける。



「──鵺の安全を最優先に行動しろ、できなければ殴る」



──シンプルに怖い⋯⋯!



「⋯⋯それと、もうひとつ──」



 神威は更に視線を鋭くし、低い声で告げた。



「──鵺に能力を使わせるな」



「⋯⋯っ⋯⋯能力⋯⋯」



──やはり鵺も能力者⋯⋯!



⋯⋯しかし『使わせるな』とは一体どういうことだろう⋯⋯?


 俺だけでなく、橘に如月さんも疑問符を浮かべている。



「──鵺の能力は、寿命を代償に発動するんだ」



 説明を引き継いだクロックは無機質に告げるが、その瞳はどこか神威さんと似た雰囲気を纏っている気がした。



「──これに関してはマジで頼むよ。新入り達」




──現在、洋館東棟。アカネ、ヒビキチーム──




「⋯⋯鵺の能力、か⋯⋯」



「──アカネ」


「──っ」



 沈んでいた思考が、涼やかな声に引き戻される。



「⋯⋯って、呼んでもいい?」


「⋯⋯え?」



 見れば、少し前を歩いていた今回の探索におけるペア、如月ヒビキさんがこちらを振り返っていた。



「⋯⋯?アカネ?」


「あっ⋯⋯は、はい。それは、もちろん⋯⋯」


「ありがと、私の事もヒビキでいいから。それと、お互い敬語も無しにしましょう」


「え?」



 すごい勢いで距離を詰められ、うわ言のように疑問符を繰り返してしまう。


⋯⋯それに⋯⋯



「⋯⋯あの、流石にそこまでは⋯⋯」


「⋯⋯?これからはペアとして活動するんだから、素早く情報を共有すべき場面も増えるはず。伝達における文字数をできるだけ簡潔にしておきたいの」


「⋯⋯な、なるほど」



⋯⋯至極真っ当な理論だ。



「⋯⋯どうしても嫌なら尊重するけれど、できればアカネにもそうして欲しい⋯⋯対等な関係を心がけるのも、ペアとして大切だと思うから」



 その言葉にはっとする。


⋯⋯彼女はペアとして、精一杯信頼関係を築こうとしてくれているのだ。



「⋯⋯そうだな、如月さ⋯⋯ヒビキの言う通りだ」



 つまらない思考で彼女の誠意を無駄にしてはいけない。



「⋯⋯大丈夫⋯⋯?」


「大丈夫、そもそも嫌だった訳じゃない。少し気恥しかっただけだよ」


「⋯⋯そっか」



 ヒビキは安心したような表情を見せると、こちらに一歩距離を詰め手を差し出してきた。



「──じゃあ改めて、これからよろしくね」



「⋯⋯っ⋯⋯えっと⋯⋯」



⋯⋯なんか⋯⋯



「⋯⋯?握手、だよ?」


「あっ、あぁ⋯⋯分かってる⋯⋯」



 おずおずと差し出された手を握る。



「アカネ⋯⋯」


「⋯⋯っ⋯⋯な、なに?」


「⋯⋯ん?あぁごめん。呼んでみただけ」


「⋯⋯そっ⋯⋯か⋯⋯」


「⋯⋯うん⋯⋯ふふっ⋯⋯」



⋯⋯なんか、これ⋯⋯



 目の前でこちらの手をにぎにぎと弄りながらはにかむ少女を見ていると、何故か幾ばくかの寂寥感に襲われてしまう。



「⋯⋯」



⋯⋯俺は、数日前に晴れて橘と友人になった。



 しかし、お互いの呼び方を変えたり、敬語無しでスムーズに話すという行為には、数日経った今でも苦戦していた。


 距離が縮まった気がする度に、これが友人というものなのかと未だに感動してしまう程である。



⋯⋯なのに、なんか⋯⋯



「じゃあ行きましょうか、アカネ」


「⋯⋯あぁ⋯⋯」



──なんか、今回は有り得ないくらいスムーズに距離が縮まってないか⋯⋯?



⋯⋯びっくりした⋯⋯名前呼びと敬語の禁止とを同時に、しかもこの短時間で行うとは思ってもみなかった。


⋯⋯この子⋯⋯もしかして⋯⋯



「──アカネ、そんなに離れないで」グイッ


「──っ!?!??」



 唐突に身体を引き寄せられ、声にならない悲鳴を上げてしまう。



「事前の予想通り、恐らく海蜘蛛が巣を張っているわ。ここからは気を抜かず⋯⋯アカネ?」


「い、いや大丈夫⋯⋯!聞いてる⋯⋯!」


「⋯⋯そう?あ、そこ脆くなってるわ。もっとこっちに寄って」グイッ


「──っ!!?!??」



⋯⋯⋯⋯この子、もしかして俺の事好きなのかなぁ⋯⋯

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る