第11話 二種類の能力者
『妖怪探偵事務所』はかなり広い。
というのも、部屋を借りているといった訳ではなく、事務所が存在するビルそのものが『妖怪探偵事務所』の所有物件なのだ。
私室を含めた設備も整っており、鵺と幹部の三人はこの建物で生活しているらしい。
⋯⋯加えて、それだけではない。
この事務所には『地下構造』が存在するのだ。
地下は遺跡となっているらしく、財宝や遺物などは既に持ち出されていたが、住み着いている人間はおらず、海蜘蛛が縄張りとしているだけだったらしい。
海蜘蛛を掃討し、地下と繋げる形で事務所を建てたようだった。
現在この地下構造は倉庫やトレーニング目的で使われているらしく、これらを含めると事務所はかなりのスペースを所有していることになる。
実際、地下構造をしばらく歩いてみれば複雑に道が入り組んでおり、整備されているとはいえ、まるで迷宮のように感じてくる。
「──ここらでいいか」
前を歩いていたクロックさんが立ち止まり、こちらを振り返る。
「ずっと歩かせて悪かったな、橘さん。そろそろ訓練を始めようか」
「はっ、はい!よろしくお願いします⋯⋯!」
今日からは、昨日組んだペアで戦闘の訓練を行うらしく、広くて激しい戦闘をしても問題ない場所ということでこの地下構造を歩き続けていたのだ。
「おいおい、地下って大丈夫か?落盤してきたりしないだろうな?」
「大丈夫だ、ここは遺跡だからな」
「あ?それはなんの保証にもならないだろ」
「⋯⋯ある程度は補強もしてあるしここは広い。よっぽど騒ぎ立てなけりゃ問題ないさ」
「ほんとかよ⋯⋯」
「訓練の内容は簡単だ。殺しと致命的な怪我を負わせるのは無しで模擬戦をしよう」
いまだ訝しんでいるヴィクトリアを無視してクロックさんが告げる。
「そんなんでいいのか?一瞬で決まっちまうかもしれねえぞ」
「⋯⋯⋯⋯橘さん」
「⋯⋯えっ?は、はい!」
唐突に名前を呼ばれ、反射的に返事をする。
「心配かな?他の奴らが」
「⋯⋯クロックさん⋯⋯」
「俺の事はクロックでいい。コードネームにさん付けって、ちょっとダサいからな」
「あ、はい。クロック⋯⋯」
「ちなみにジェイソンにさん付けするのもやめた方がいい。あいつは特に嫌がるからな」
「⋯⋯?分かりました⋯⋯」
「神威は逆に敬称付けないとキレるから気をつけて」
「なんなんだよあいつ」
ヴィクトリアがげんなりした様子で項垂れる。
「⋯⋯それで?」
ヴィクトリアを一瞥してから、クロックはこちらを見透かすように優しく聞いてくる。
「⋯⋯えっと⋯⋯ヒビキ、さんって子が⋯⋯少し心配になっちゃって⋯⋯」
「あぁ、なるほど。なにせ相手は神威だからな」
クロックさんは納得したように苦笑すると、足元の石ころを蹴飛ばしながらこちらを見やる。
「だけど、それはいらない心配さ。あの子の戦いは何度か見たことあるけど、彼女は確かに強いよ」
「⋯⋯」
「大丈夫、神威に関しても心配はいらない。あいつはあれでいて弁えてる奴だからな」
「はぁ?そんな風には見えねぇけど」
「はは、本当さ。あいつは自分以外の存在を等しく弱者と見なしているからな。訓練と言われて手加減をしない訳が無い」
「嫌な理由」
「なんにせよ、大丈夫だ。如月さんは強いし、神威は強すぎる事に自覚的だからな」
──────────────────
「──よし、ここでいいだろう」
「⋯⋯よろしくお願いします」
お互い無言で歩いていた神威とヒビキは、広い空間に出たタイミングで揃って足を止めた。
「内容は簡単だ。今から僕に一発攻撃を当てること。それを目指せ」
「⋯⋯分かりました」
「話が早くて助かるよ。ああそうだ⋯⋯」
「⋯⋯?」
「僕は『能力』の影響で他の人間よりも身体能力が高い。身体は丈夫だし、あと五感も鋭いな」
「⋯⋯⋯⋯?」
「どうした?僕はお前の能力を知っているから、公平を期すために自分の能力を明かした。何か質問が?」
「⋯⋯身体能力が高い、というのが能力なんですか?」
「いや、これはおまけみたいなもんだが、如何せん制限したりができないってだけだ」
「⋯⋯⋯⋯と、いうことは⋯⋯」
「──能力は使わない」
「⋯⋯ッ」
「御託はもういいか?早くかかってこいよ雑魚」
「⋯⋯ッ⋯⋯よろしく、お願いします⋯⋯!」
──────────────────
「むしろ、心配すべきはもう片方かもな」
「え?それって⋯⋯」
「⋯⋯ジェイソンは、少し心配だ」
クロックは少し苦い顔をしながら呟いた。
「あ?なんでだよ?ジェイソンって奴はなかなか良い奴っぽかったじゃねえか。少なくとも、神威よりはよっぽどアタリだろ」
「⋯⋯そう思うか?」
「ど、どういうことですか⋯⋯っ?」
昨日見た、血だらけの高槻君が脳裏をよぎる。
「⋯⋯『春』の大学が発表した論文に『能力が意識形成に与える影響』ってのがある」
「は?何の話だ?」
クロックはこめかみをトントンと叩きながら、何も見ずにすらすらと説明を続ける。
「この論文では、能力者の社会適合率の低さに焦点を当て、それは能力に因んだ幼少期の精神的摩擦に原因があると考察している」
「オレサマの話聞けよ」
「論文の主張はこうだ『能力者は幼少期から所持する能力によって必然的に、社会に適合できない精神性を獲得してしまう』」
「それって⋯⋯」
「⋯⋯まあ、これを発表した奴はかなり過激な思想の持ち主だけどな。だが、ある程度の説得力があると思わないか?」
「はッ!くだらねぇ。能力者は能力のせいで絶対イカれちまうってか?だったらお前も異常者の仲間入りだな」
「⋯⋯それに、それだと神威さんとジェイソンさんの状況は同じ、ですよね⋯⋯?」
ジェイソンさんだけを心配する理由にはならないはずだ。
「⋯⋯俺が言いたいのは、これを逆説的に考えた場合の話さ」
「⋯⋯?」
「──ジェイソンは『後天的能力者』なんだ」
「⋯⋯え?」
「⋯⋯コーテンテキ?なんだそりゃ?普通の能力者とは違うのか?」
「⋯⋯橘さんは知ってるかな?」
「き、聞いたことはあります。すごい珍しい、みたいな話を⋯⋯」
「そう、能力者には二種類ある。基本は俺や神威みたいに生まれた時から能力を持ってる『先天的能力者』が大多数だ」
そのため『能力者』とだけ言った場合も、多くは『先天的能力者』を指すことになる。
「それに対して『後天的能力者』だ。これはある時突然能力に目覚める奴のことを言う」
「⋯⋯ほー、そんな奴らもいんだな」
「ここでさっき話した論文を思い出してみろ。あの論文では『能力者は能力によって精神が歪む』と主張していた」
「⋯⋯あぁ、なるほどな。どっちが『先』かって話か」
「──その通りだ。能力を持っているから狂うのか、狂っているが故に能力を発現するのかってな」
「⋯⋯ジェイソンさんは⋯⋯『後天的能力者』」
「うちで唯一のな」
思わず手をぎゅっと握りこんでしまう。
「⋯⋯⋯⋯だが、それはあくまで過激な主張を囃し立ててるだけだ。陰謀論と何も変わらない」
⋯⋯固まってしまった私を心配してくれたのか、ヴィクトリアがフォローを入れてくれる。
「⋯⋯あぁ、そうだな。どれだけ理論を用いて仮説を立てられても、それは補強にしかならない」
クロックは興味無さげに眼鏡の位置を調整すると、おもむろにこちらに向き直る。
「──だから、数年間一緒に過ごした俺が保証してやるよ」
それは⋯⋯最初に会った時と同じような、冷たい無表情だった。
「──あいつはイカれてる」
──────────────────
「──よーっし!ここらでいいかな!よろしくね、アカネ君!!」
「はっ、はい!よろしくお願いしますっ!」
「──早速、始めちゃおっか」
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