第10話

「なーなー森崎、今度どっかでカラオケとか行こうぜ」


 昼休みに田宮がいつもの軽い調子で話しかけてきた。


「行けたらな。でも、休みがなかなか合わないだろ」

「それがさ、今週末試合だから来週は火曜日まで休みなんだよ。どうだ、店休みだろ?」

「まあ、それならいけるかも」

「よっしゃ。せっかくだし可愛い子でも誘っておくかな」


 田宮が意気込むと、隣の席の柊がピクリと反応した。


 そしてこっちを向いて、何か言いたそうにジッと俺を見ていた。

 そういや、今日も弁当作ってくれてたんだった。


「ごめん田宮、その話はまた後日」

「はいはい。二人でイチャイチャしてきなされ」

「揶揄うなよ。ええと、柊さん、行こうか」


 俺が声をかけると、何も言わずに柊は弁当箱を二つ持ってさっさと教室を出て行った。


 その様子に焦って、俺は慌てて彼女を追いかけて教室を飛び出した。


「ちょっ、柊さん、何かあった?」

「……カラオケ行くの?」

「え? ま、まあ、来週の話だけど」

「お休みの日は晩御飯の約束、してたよね?」

「あ……ええと、早めに帰るからさ」

「何時?」

「へ? いや、まあ、何時だろ」

「何時?」


 足を止めて、鬼気迫る様子で柊は俺を睨んだ。

 怒ってる……。


「ええと、六時には」

「絶対?」

「も、もちろん。約束は守るよ」

「うん」


 また、柊はゆっくり歩き始める。

 そして昨日と同じ場所に着くと階段に腰を下ろしてから、静かに弁当箱を開けて。


「今日は唐揚げ。ちなみに明日はサンドイッチだから」

「そ、そっか。いつもありがと」

「いつも……うん、いつも作るから。だから、お昼は他の人と約束しないでね?」


 釘を刺すような視線を向けながら。

 それを見て俺はゴクリと息を呑んだ。


 やっぱり怒ってる。

 約束を忘れていたからか。

 それとも……いや、考えすぎだろう。

 とにかく謝らないと始まらないな。


「ごめん、火曜はちゃんと時間に間に合うようにするから」

「……女の子も、くるの?」

「え? あ、あれは田宮が勝手に」

「なら私も行きたいな」

「柊さんも? いや、もちろんそれはいいけど」

「けど?」

「……カラオケ、好きなの?」


 絶対そういうの苦手だと思ってたから少し意外に思いながら。

 聞き返すと少し沈黙してから柊が。


「……好き」


 小さく呟いたあと、顔を赤くして慌てて弁当を食べ始めた。


 俺も横に座り弁当をいただくことに。

 途中、何度か彼女の方を見たが顔を伏せてしまうので話しかけることはなく。


 一言も交わすことなく、静かに時間が過ぎていった。



「ご馳走さま」


 お弁当を食べ終えて教室へ戻っていると。柊が小さな声で呟いた。


「あの、どうだった?」

「うん、美味しかったよ。柊さんは何作っても上手だね」

「そ、そんなことないよ。おばさんの教え方が上手なの」

「そうかなあ。俺も教えてもらったけど柊さんほどうまく出来ないし」


 だからそのセンスが少し羨ましくもあった。

 母はいつも「あんたにできることを頑張ればいいのよ」と言ってくれるけど。

 いずれ本当にあの店を引き継ぐとなった時、父のようにできるか毎日不安だ。


「で、でもわたし接客とか無理だし。そういうの、森崎君上手だから」

「ちっさい頃からあの環境だから慣れてるだけだよ」

「ううん、すごいなって思う。今度、接客も教えてくれる?」

「もちろん。じゃあ、代わりに料理を柊さんに教えてもらおうかな」


 冗談半分のつもりでそんなことを言うと、柊は足を止めた。


「……どっちだろ」

「え? 何が?」

「あ、ううんなんでも。えと、私でよければ」

「うん。ほら、早く戻らないと昼休み終わるよ」

「うん」


 柊は戻る間ずっと、何かブツブツと独り言を呟いていた。


 ただ、それが何かまでは聞こえず。

 教室へ戻ると柊は静かに席へ帰っていった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る