第7話


「うん、美味しいよ。この味、好きだな」


 食べるや否や感想を求めてくる彼女に対して、まだ口の中に食べ物が少し残ったまま言った。


「……そっか」


 別に嘘でもお世辞でもなく、本音で喜んだつもりだったが。

 彼女の反応はイマイチだった。

 むしろ残念そうに見えたのはなぜか。

 俺が気を遣っていると思われているのだろうか。


「いや、本当に美味しいなー。こんなお弁当なら毎日でも食べたいくらいだよ」


 今度は少し大袈裟に。

 言ってから少し後悔した。


 毎日だなんて図々しいにもほどがある。

 すぐに訂正しようとしたが、彼女はきょとんとしたまま手を止めて俺をジッと見ていた。


「ほんと? 毎日食べたい?」

「う、うん、それは、まあ」

「じゃあ、毎日作ってあげる」

「え? いや、さすがにそれは」

「だって、毎日お店いくんだもん。それとも、やっぱり毎日は食べたくない?」

「い、いや、そんなことはないけど」

「けど?」

「……じゃあ、お言葉に甘えます」


 悪い気もしたけど、断る方がもっと悪い気がして。

 頭を下げると彼女はまた、微笑んだ。


 まあ、本人が喜んでくれてるのならそれでいいかと。


 改めてお弁当を口にして、その後は静かな昼食の時間となった。



「お疲れ様、森崎君」


 放課後すぐ、荷物をまとめた柊が俺の横に立った。


「お疲れ様。ええと、今日は店休みだけどどうするの?」

「おばさんがね、色々教えてくれるって。だから店行く予定。あとね、おつかい頼まれてるから一緒にいい?」

「う、うん。店の買い物?」

「色々。一人だと荷物重いから、お願いしていい?」

「もちろんいいよ。じゃあ行こっか」


 母さんもほんと人使いが荒い。

 来始めたばかりのバイトを捕まえて店の買い物を、しかも休みの日に頼むなんて調子に乗りすぎだ。


 柊が大人しい子だからいいものの、普通なら給料も出ないボランティアを働き始めてすぐ頼まれるような職場、続けていくべきか不安になる。


 母さんもバイトなんて俺以外雇ったことないから塩梅がわからないのだろうけど、ちゃんと釘を刺しておかないとな。


「で、何を頼まれてるの?」

「ええと、今日の晩御飯のおかずと、それに明日のお弁当の食材も買いたいなって」

「え? 店の仕入れじゃなくて?」

「うん。今日はお刺身が食べたいって」

「はあ」


 聞いて呆れた。

 まさか家の用事を店のスタッフに押し付けるなんて。


 こりゃいよいよ母さんを説教もんだ。

 こういうのが当たり前と思っているのか、それとも頼られることが嬉しいのか柊は嫌そうではないけど。

 だからといって、人の善意につけこむのはよろしくない。

 母さんのやつ、帰ったら覚悟しとけよ。


 と、沸々と込み上げる苛立ちを隠しながら近くのスーパーへ。

 柊は俺の持ったカゴにテキパキと食材を入れていたが、どこか楽しそうだった。


 買い物が好きなのかな、と。

 聞こうとする前に彼女の方から「なんか楽しいね」なんて。


 言われてしまったら俺がそれ以上何かいう理由は見当たらなかった。


 本人がいいのならまあ、いいかと。

 少し安心しながら買い物を済ませて、二人で店へ向かった。



「ただいまー」

「あら、二人ともおかえり。雪愛ちゃん、お使いご苦労様」


 店先で出迎えてくれた母さんはニコニコしながら柊に寄っていく。

 そして買い物袋を俺から取りあげて、「二人で料理してるからあんたは風呂でも入ってきなさい」と。


「いや、晩飯の支度まで手伝わすなよ」

「いいのよ、雪愛ちゃんはうちの勝手を覚えてもらわないとだし。ねっ、雪愛ちゃん」

「は、はい。私、色々教わりたいので。あの、森崎君は気にせずゆっくりしてて」


 柊もすっかりうちの母に取り込まれてしまった様子だ。

 色々と言いたいことはあったが、ここで議論しても始まらないと、俺は二人を置いてそのまま奥へすっこんだ。


 そして二階に上がり、一度自分の部屋へ。


 制服を着替えてから、ベッドに寝転んで天井を見ながら大きく息を吐いた。


「はあ……なんか、変な気分だな」


 まるで柊がうちの家族になったみたいだ。

 まあ、従業員は家族だなんて言った人もいるけど、そういう意味ではなくて。


 なんというか、うちに嫁いできたというか?

 いや、もちろん例えだし、そんな妄言は死んでも口にできないけど。

 でも、勝手にそんな気分にさせられる。

 それに、母さんは勝手にそんな気分でいる。


 休みの日まであんなに振り回してさ。

 ほんと、柊が嫌に思ってなければいいが。



「ねっ、どうだったお弁当? 新、喜んでたでしょ」

「は、はい。でも、新君は優しいから、その、お世辞かもって」

「そんなことないわよー。あの子、意外と思ったこと口にするタイプだし。それに、雪愛ちゃんみたいな可愛い子に言い寄られて緊張してるだけよ」

「そ、そうかな……でも、頑張ります」


 すっかりおばさんは私の味方だ。

 自分の息子と私が結ばれる未来を望んでくれている。

 

 これ以上ない味方。

 恋愛なんてしたことなかった私が、最初にネットから学んだ情報が「まずは周りから固めろ」だったけど、順調だよね?


 うん、きっと順調。

 だから次のフェーズにいかないと。


「じゃあ私はお味噌汁沸かしてるから、お刺身とか盛り付け終わったらご飯ついでおいてね」

「はい、わかりました」


 今から家族水入らずの晩御飯。

 その中に私も入れてもらえる。

 つまり私も、家族の一員として認められてるってこと。


 新君と家族に。

 そんなことを考えるだけでゾクゾクして、体が震える。

 幸せで涙が出そう。

 ううん、涙すら吐きそう。


 確か。

 キスすると好きになる理由って、相手の唾液が体内に入るからだって、そんなことも書いてたっけ。


 キスなんて、とんでもないけど。

 いけないことだって、思ってるけど。


「新君のご飯には、隠し味、どーぞ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る