わたしはわたしのせかいである。

神流みもね

第1話

 朝、傘を差すほどでもない霧雨が降っていた。

 わたしは駅までの道を歩きながら、傘を開くか閉じるかの判断に迷った。人間は、曖昧な天気に対応する道具を、まだ発明できていない。だから、降るのか降らないのか曖昧なとき、いつだってわたしは、世界に試されているような気がする。傘を開いたら、大げさだと笑われそうだし、閉じて歩けば、濡れた犬と同じ匂いを放って電車に押し込められる。つまり、いずれにしても、わたしは疎外感を味わう羽目になる。

 結局、わたしは傘を開いた。ちいさな、しゃらんっ、という音が、骨を一本一本鳴らすように響いた。女子高生は、防水加工の薄い生物なのだ。


 わたしは、自分のことを可愛いとは思わない。むしろ、鏡の中にいる顔を、不合格と判定してきた歴史の方が長い。ただ、友人が撮った写真を見返すと、「あれ、案外いけてる?」と、一瞬錯覚することがある。

 でもそれは写真の画素が、わたしを、荒削りな像として保存してくれているだけで、実物のわたしがその通りである保証にはならない。鏡は正直で、写真は嘘つき。だけど、わたしが好きなのは、もちろん嘘つきのほうだ。人はみんな、ごまかしでできているのだから。


 電車に揺られながら、窓ガラスに映る自分を眺める。今日のわたしの髪は、湿気でふくらんで、ライオンみたいだ。なんとなく強そうに見えるけれど、中身は毛玉だらけの猫とたいして変わらない。

 この世のほとんどの女子高生は、清楚、かわいい、おしゃれ、といった三大宗教に属していて、信者は無数に存在している。しかし、わたしは、そのどれでもない宗派に属している気がする。それは、神様が、見てくれない宗派。

 だけれど、信仰は勝手に芽生える。たとえばそれは、誰も見ていなくても、やさしいことをしよう、みたいな、ちいさな教え。わたしは、それを密かに信じている。

 昨日、駅前で小学生が落とした消しゴムを拾った。わたしは、名前も知らない彼に渡すでもなく、ただ手すりの上にそっと置いた。きっと、彼が戻ってきたら、気づくだろう。もしかしたら、誰か別の人が拾うかもしれないけれど、別にそれでもいい。

 わたしは、彼が戻ってくるかもしれない未来のために、ほんのすこしだけ舞台を整えただけなのだ。誰にも見られない親切は空気と同じで、誰かの肺にひっそり入り込むだろう。そう思うと、わたしは今日も、呼吸を繰り返せる。


 ホームで電車を待ちながら、ふと思った。もし、人生という時刻表があったら、わたしはすでに何本の電車を乗り過ごしているのだろう、と。

 たぶん、朝から寝癖を直しそこねて、一本。体育の授業で走りきれなくて、一本。好きでも嫌いでもない誰かに曖昧に笑ってごまかして、また一本。そうして気づけば、本来乗るつもりだった電車は、どこか遠くへ行ってしまっているのかもしれない。

 でも、わたしの駅には、必ず次の電車が来る。来なかったことは、一度もない。だから生きている限り、次は必ず用意されている。わたしはそれを、希望の可能性、と呼んでいる。

 制服のポケットの中で、スマホが震えた。クラスメイトからの通知だろう。でも、見なかった。

 見ない、という選択をすることで、わたしは一瞬だけ、通知に支配されない自由を手に入れる。自由は一瞬で消えるけれど、消えるからこそ価値がある。アイスクリームみたいに。つまり、自由はメロン味の雪解けである。


 校門をくぐると、グラウンドに水たまりができていた。水たまりは空を真似ることに全力で、でもどこか歪んでいる。

 わたしは、その中に自分の顔を映してみた。鏡でも写真でもない、第三のわたし。頬がふくらんで、鼻がゆがんで、目がやけに大きく見える。世界はいつだって、わたしをちょっとかわいく加工してくれる。雨水ですら。


 授業中、先生が黒板に数式を並べる。わたしはそれを見て、世界のパズルだ、と思う。解ける人にはただの計算だけど、解けないわたしには、暗号の類だ。

 たとえば、『放物線 y=x^2+4x+7 を y 軸に関して対称移動し,さらにx 軸に関して対称移動した放物線の方程式を求めよ』と書かれているのを見て、『し』に線を二本加えて『も』にしたり、『さ』に線を一本加えて『き』にしたりと、勝手に翻訳する。

 ノートの隅に、『放物線 y=x^2+4x+7 を y 軸に関もて対称移動も,きらにx 軸に関もて対称移動もた放物線の方程式を求ぬよ』と書いてみる。意味はない。でも、意味がないものを大切にするのが、わたしの宗教なのだ。


 放課後、部活の声を聞きながら、廊下を歩く。吹奏楽部のトランペットが、金色の嘘みたいに響いている。グラウンドでは、サッカー部が叫んでいる。

 わたしは、どちらにも属していない。部活に入らない理由を聞かれると、時間がないから、と答えるけれど、本当は、場所を決めると逃げられないからだ。

 わたしは、いつも逃げ道を残しておきたい。逃げる場所があることが、わたしにとっての安心なのだ。傘をたたんだときの骨みたいに、しまっておける自由。


 家に帰ると、玄関に母の靴がなかった。今日は遅いらしい。わたしは、制服のまま冷蔵庫を開け、残っていたプリンを食べた。スプーンですくった瞬間、表面が少しひび割れた。そのひびを見て、わたしの心と同じだ、と思う。だけど、プリンは甘い。割れても、甘い。わたしも、そうでありたい。割れても、ほんの少しは甘さを残せるように。


 夜になると、窓の外は、雨がすっかり止んでいた。ベランダに干したままの傘が、夜風に揺れている。わたしは、傘の乾き具合を確認するため、ベランダに出た。

 雲の輪郭を浮かばせる月明かりを眺めながら閉じた傘は、ただの棒みたいで、通学時にわたしを守ってくれたことが嘘みたいだ。嘘つきが好きなわたしには、ちょうどいい。

 明日もまた、わたしは嘘つきの傘と、嘘つきの世界と、嘘つきの写真と一緒に、生きていく。

 そして、その嘘の中にだけ、本当がひそんでいる気がするのだ。

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