花天月地【第101話 死の願い、生の祈り】
七海ポルカ
第1話
少人数での移動だったので休憩を挟みながら、移動は続けられた。
夜、馬のために数時間だけまとまった休みを取ることになった。
軽く食事も作られ、あとは好きに休息の時間になる。
「この辺りは雪は積もってないのですね」
晴れて、一面の星が見えた。
司馬孚が言うと、側にいた護衛の一人が頷く。
「やはり
「そうなのですか」
「はい。もっと冬が深まれば、さすがにこの辺りも一面雪に覆われますが……」
「陸議殿、汁物をどうぞ。温まります」
徐庶がやって来た。
「具は細かくしておいたので、これなら片手でも食べれると思います」
陸議はまだ両手が使えないので、砦にいる時など、汁物を食べる時は司馬孚が手伝っていた。
しかしなかなか気を遣うものなので、片手で持てる椀を渡されると陸議は嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます」
ゆっくり一口飲む。
徐庶の言った通り、具を細かくしてくれていたので、汁と一緒に無理なく食べることが出来た。
「温かい」
一口飲んで陸議が唇を綻ばせると、白い息が溶けて消えた。
それを見てから徐庶が微笑んで、側に腰掛ける。
「冬の空には冬の星座が」
司馬孚も空を見上げて、言った。
「地上もそうです。冬には冬の花が咲く。
この世は地上と天海が、合わせ鏡のようになりながら、二面の世界で動いているのかもしれません」
陸議は瞬く星を見上げた。
「しかし地上は今、ここにいる地が春になり、いずれ冬になる……。
私がここに留まっても、四季は訪れます。
地上と天の動きには、大きな歪みがあるように思います」
口にして、気付いた。
こういうことなのだろうか。
地上の人々よりも、
天の星は、もっと巡り、巡っている気がする。
ずっとそこにあるように見えても、絶え間なく星は動いているのだ。
龐統と、星の話を一度してみたかったなと陸議は思った。
無論、彼の宿命の星とは関わりない、空の星々の話を。
陸議は天文学はあまり詳しくないが、従弟の
「
「友人に天文学に秀でた人がいます。彼の話は楽しくて、学院生活の間はよく聞かせて貰いました。興味はありますが、私より詳しい人はもっとたくさんおりますよ」
「でも私よりよほど詳しそうです。
星は位置を知るにも利用出来ると聞きました。
そう言われて、
「長安の学院に、知り合いがいます。彼は天文にも詳しいので、色々参考になる書物を持っています。私が頼めば貸し出してくれますから、それを見ながら勉強しましょう」
「はい」
二人の遣り取りを側で聞いていた徐庶が温かい湯を飲みながら、尋ねて来た。
「長安の【
訪ねたかったけど知り合いがいなかったので頼める相手もいなくて」
司馬孚が笑った。
「なんだ、そんなことなら私に言って下されば。私の友人が黎明院で学人として働いています。彼に頼めば書庫を見せてくれるでしょう。古今東西の様々な知恵の書が集められている」
「私などが見てもいいものかな?」
「とんでもない。魏の遠征軍に関わった軍師殿ならば、喜んで彼らは門戸を開きます。
長安についたら私が案内し、友人に取り次ぎましょう」
「ありがとう。とても楽しみだ」
徐庶が嬉しそうだったので、陸議も目を細める。
「良かったですね」
「うん」
微笑んでから、ふと、陸議は小首を傾げた。
「……そういえば、徐庶さんは長安に留まられるのですか?」
「ん?」
「あ、いえ……遠征から無事に戻ったので、母君のもとに報告に戻られるのかと……」
徐庶はきょとんとした顔を見せた。
「いや……どうせすぐ
数秒考える。際どいところだ。
「た、確かにそうですね」
陸議は普通は、あんなに心配していたのだから、近くに戻ったついでに顔を見に行くくらいするだろうと思ったのだが、確かにすぐに江陵に向けて出発するとなると重ねて心配させることになりかねない。
やっと帰って来たと思ったのにまたすぐ出発するとなると、安堵させるだけ残酷かもしれない。それならば今は会わない方がいいのだろうか。
しかし江陵は、徐庶にとって運命の岐路になる地なのだ。
そこから先は、まだ陸議にも見通せない。
勿論、徐庶の望みを陸議は知っている。
許される形で職を辞して【
彼がそう出来るよう陸議も動くつもりだが、
徐庶が力を持ち、情に流されて魏の敵対勢力のためにその力を振るう可能性が高いと見れば「江陵で徐庶を殺す」と郭嘉は言っていた。
もし、お前の忠誠心を見極めたいからお前が徐庶を殺してくれと言われたら、自分はどうすればいいのだろう。
郭嘉が自分を見込んで任せてくれる仕事ならば、何であれ、やり遂げたいと陸議は思っている。
だが、徐庶には無事に
そんなことを考えていたら、また腕が不穏な気配を帯びた。
思わず、右手で左腕を押さえる。
徐庶が気付いた。
「……大丈夫?」
「はい……少し、冷えたのかもしれません。痛みはまだないのですが、何となく重い感じがして……でも、大丈夫です」
陸議は笑んでみせる。
自分も、陸家には滅多に帰りたがらなかった。
陸家との関係が悪かったのはあるけれど、自分が帰るとなると、いかに反感を持っていようと当主の帰還となるので、陸家は体裁を整えようとするのだ。
大仰な出迎えを反感を持っている者達にされると、本来やりたくないことを自分がやらせているという気持ちになってしまうので、よく人目を避けて帰還した。
夜のうちに戻り、朝になる前に発っていたのだ。
「すぐ発つのにわざわざ出迎えさせるのは申し訳ないから」と
陸議は従弟のその優しい気遣いがいつも嬉しかった。
「大した長居も出来ないのに帰るのは気が引けるという気持ち、私もよく分かります」
徐庶は陸議の顔を見る。
側の
「司馬家は、感情は全く関係ありません。街を移動する時は必ず本家の父に報告をしなければならないと決め事があるんです」
「決め事ですか」
徐庶と陸議が揃って、目を瞬かせた。
「はい。父の執務室に、こう、大きな大陸の地図があってですね。父は色んな鳥の羽を我々息子達に見立てて、地図に刺し、今、八人いる兄弟がどこにいるのか、一目で分かるようにしているのです。
八人も子供がいると、さすがにそうでもしないと分からなくなることがあるのでしょう。
逐一手紙を見て、その鳥の羽を移動させているんですよ」
「凄いですね。
「言っていませんでしたか。私は八人兄弟で、
こんな未熟な私にも実は下に五人も弟がいるんです。
まあ弟とはいえ同い年もいたり、母が違うので私より年上の弟もいるのですが。
しかし、どの弟も私などより余程優秀で、それぞれ色んな場所できちんと官職についています」
「凄いなあ。俺は兄弟がいないから、八人も兄弟がいるのは想像も出来ない」
「そうですか。八人子供がいると聞けば楽しげに聞こえるかも知れませんが父が厳格なので、子供の頃からも兄弟で和気藹々と駆け回って育って来たという思い出はさほど無いんです」
司馬孚が笑っている。
「幼い頃からきちんと一人一人に個室が与えられ、教育係も一人一人与えられ、出来を父が精査していましたから。
友人達の話を聞いていると仲の良い兄弟もいて、私も、もっと兄弟達と野駆けなどして遊びたかったです。
まあ、そういう思いがこの歳になっても残っていて、いつまでも仕官せず、文学仲間とつるんでしまうという弊害を起こしているわけですが……」
弊害という言葉が面白かったので、陸議が小さく声を出して笑った。
徐庶も何だそうなのかという顔をして笑っている。
「しかし居場所を常に報告しろという厳格な父の教えを、
無論、
「そうなんですか。兄弟がいたら楽しそうだなと思うことはありましたが。多すぎるというのも親は大変そうだ」
ですね、と司馬孚も自分の話に笑いながら、
「私はもし結婚するようなことがあれば子供は三人くらいいてくれればいいかな」
と言った。
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