観賞用女

五來 小真

観賞用女

「コレ、育テると、観賞用女になる。お前、気に入ったトころで水をやるのをヤめる」

「観賞用女って?」

「そのまマだ」

 物産展で見つけた種。

 気になって聞いてみたが、どうも要領を得ない。

 あれこれ聞いてみたいが、日本語は不慣れで苦手そう。

 聞いても、もやもやが募るだけだろう。

「いくら?」

「一万——」

 言いかけて、売人はふと後ろを振り返る。

 誰かと何かを話しているようだったが、誰もいないし通信機の類を持っているようでもない。

「……三百円ダ」

 いきなり大幅に値段が安くなった。

 売人は怪しいし、売ってるものも怪しい。

 良くわからなかったが、安さもあって好奇心から買ってしまった。


 種に水を与え、1日すると種にシワが入り、どことなく赤子を思わせる形になった。

 これ、女性に育つのか?

 水を更に与えて、1日すると茶色さは抜け瑞々しい少女のようになり、一週間で妙齢の女性に育った。

 見た目は美麗で好みのタイプだったが、動くわけでもない。

 なるほど、観賞用植物の女性版といったところか。


 ここで水をやるのを止めたら良いのか?

 そうして水をやるのを止めてみると、女性の成長は止まった。

「ほうほう……」

 眺めてはにんまりする。

 しばらくはそれで満足だった。

 しかし、段々それでは物足りなくなってきた。

 これでは、下敷きやアクリルスタンドのグッズと大して変わらない。

 せっかくリアルなのに。

 気まぐれにキスをしてみたところ、唾液を吸い取られた。

「くそ、やられた——!」

 女を慌てて引き離し、しばらく見続けたが変化はなかった。


 ひょっとして、大丈夫……?


 わずかな期待を抱いてその日は眠った。


「うーん、こうなるかあ」

 女は、中年期を迎えていた。

「これはこれで……」

 そう考えようとしたが、女の目尻のシワが目に入った。

「……」

 昨日まで理想的だっただけにショックは隠せなかった。

 見るたびに、あの時キスなんかしなければと思ってしまう。

 私は意を決した。

 どうせなら、このまま育てよう。

 むしろどうなっていくのかに、興味があった。

 しっかり水をやると、徐々に年をとっていくようだった。

 半年もすれば、すっかり老婆のようになっていた。

 ここまでは予想通り。

 ここからどうなっていくのか?

 それからも丹念に水をやり続けると、やがて老婆は樹木のように変化していった。


 なるほど、最終形は木なのか。

 赤子と老人はどこか似ているが、こいつも本来の種の性質に戻っていく感じなのか。


 木になってからは、普通の観葉植物のように育てた。

 しかし、大きさはあまり変わらない。

 おかしい、千年樹に育てていこうと思ってたのに。

 ——むしろ枯れてきた?


 その懸念は当たっていたようで、木はどんどん生彩を欠いていく。


『頑張れ、持ちこたえてくれ』


 その想いは届かず、ついに枯れ切ってしまった。

 それでも私は諦めきれず、更に水をやり続けた。

 もう腐り落ちるまでやってやろうと思ったのだった。

 それから三ヶ月したあたりで、変化があった。

「おいおい、マジかよ……」

 枯れ木から、白く光る女性が出てきたのだ。

 妙齢の時より、ずっと綺麗に見えた。

 それはまるで天使のようで―いや、頭に本当に輪っかがある。

「天使そのもの……」

 

 彼女は元の観賞用女と違い、表情があった。

 感情があるのだ。

 あの時、キスという間違いがなければ、こうはなっていなかった。

 良かった、本当に良かった。


 そう思っていたのだが、彼女は霊体のようで、触れることはかなわなかった。

 水も霊体になった今、欲しがることもない。

 表情はあるが、あまり感情豊かではない。

 しかしもういいだろう。

 また見た目が損なわれては たまらない。


「——こいつ、見えるか?」

「こいつってなに? 中二病か?」

 知り合いに彼女を見せてみたが、どうやら他者には見えないようだった。

 これは好都合だった。

 なにせ彼女はどこまでもついてくるのだ。


「お、百円落ちてる。―いや、届けるよ?」

 例外なのが、悪徳に対する時である。

 彼女は険しい顔をする。

 綺麗な顔が台無しだ。


「合コンか? 行―かない……」

 他の女性と接しようとするのもダメだった。


「天使というか、裁判官みたいだな……」

 私は誰にともなくつぶやいた。

 それから夢だった食堂を開くことになったが、まったく儲かる気配がなかった。

 利益が出過ぎる値段設定は、彼女の険しい表情を見ることになってしまうのだ。

 しかし彼女の言う通りにしていると、自分の生活費もままならない。

「1000! ……700! ……500!」

 彼女の表情が、険しくなりすぎないラインを探ることにした。

「——700!」

 うーん、なんとかこの表情なら……。

 最近は私も彼女も酸っぱい表情で過ごしている。

 

 <了>

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観賞用女 五來 小真 @doug-bobson

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