「フレイア、お前――俺じゃなくてルキウスと結婚したいのか?」
「約束の期限が近いの」
苦しそうにポツリと呟いたフレイア。
そんなフレイアに対していまだにどうしてやることもできない俺。
このまま終わっちまうのか、俺たちは。このまま終わっていいはずなんてねぇだろ、俺たちは。
そんな想いだけが空回りしていく。焦りと苛立ちだけが募っていった。
ルキウスのフレイアに対する干渉はますます強くなっていた。フレイアの言った通り期限が近いからだろう。スピリッツ家が条件を達成できずにフレイアが自分のものになると確信しているかのようだった。
人目もはばからずにフレイアに会いに来る。俺を差し置いてまるで婚約者かのような振る舞いだ。
フレイアも事情が事情だけにルキウスを無下にできない。毎回俺に申し訳なさそうな顔をしながらルキウスの元へと足を運んでいる。
そんな顔をフレイアがする必要はないのにな。仕方ないことだとわかっている。そんな顔をさせてしまっていること自体が、俺の情けなさの証だった。
そんな状態が続けば周りの人間がこちらを見る目も変わってくる。俺とフレイアが婚約者なのは周知の事実のはずだが、ここ最近はあからさまにフレイアとルキウスが過ごす時間が増えている。
婚約者としての立場をわきまえていて、人前では俺以外の男とほとんど会話をしたことがなかったフレイアがルキウスとだけは頻繁に会っている。こんな姿を何度も見かけていたら何かがあったと思うのは自然なことだ。
毎日家のことで心労が溜まっているフレイア。そんなフレイアに、フレイアが断るだろう確信があってこんな提案をする俺は、やっぱり「レジス家の落ちこぼれ」のままの馬鹿なんだろう。
授業が全て終わった放課後の教室。西日が差し込んで、室内を真っ赤に染め上げている時間帯。俺とフレイアの二人きりの時間。
「おい、フレイア」
「……何かしら?」
「お前が望むなら、お前を連れ出してここから逃げ出したっていい。お前を連れて遠く離れたところでしばらく暮らしていくだけの金くらいはある。仕事だってすぐに見つけられる」
「……馬鹿言わないで。そんなことできるわけないでしょう? 家のためにも……あなたのためにも。みんなのために作ったクランを放り出すなんてありえないわ」
……そうだな。フレイアならそういうって最初からわかってたんだ。だから、こんな問いかけは最初から無意味だった。そんなこととっくに理解していた。
「それに……ほら、ルキウスだって別に悪いやつじゃないかもしれないでしょ? 今私があいつのこと嫌ってるだけで、案外夫婦になったら普通に優しいかもしれないじゃない?」
「本当にお前のこと考えて優しくしてくれるようなやつなら、スピリッツ家の事情も差し置いてわざわざまだ婚約者でもないお前のところに何度もきたりしねぇよ。もうすぐ自分のものになるトロフィーぐらいにしか考えてねぇ」
「……そうじゃないかもしれないじゃない。純粋に私のこと気にかけてくれてるとかかも……」
「そんなんじゃねぇのは接してるお前が一番わかってんじゃねぇのか?」
「――ディッカにあいつの何がわかるのよ! ろくに話したこともないのに!」
俺の言葉を否定してルキウスの肩を持つようなことを言うフレイアに、俺もだんだんと頭に血が上ってくる。
最近ずっとフレイアのためにはどうしたらいいか、何ができるかってことを考えてんのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ。
「お前だって俺と似たようなもんだろうが!」
「少なくともあなたよりはよっぽど会話してるわよ!」
「そりゃホントに会話か? ただ相手の言うことを聞いてるだけってのは会話って言わねぇだろ!」
「ちゃんと会話してるわよ! 馬鹿にしないで!」
こんな言い争いは不毛だ。何も生み出さない。今すぐ辞めるべきだ。
頭では理解しているのに、感情が追い付いていなかった。だから余計なことを言ってしまったのだ。
「フレイア、お前――俺じゃなくてルキウスと結婚したいのか?」
俺の言葉に、フレイアの顔が真っ赤になり、その後真っ青になり、それから血の気が引いていった。
何かを言おうと口をパクパクと動かして、結局諦めたかのように口を閉じる。
「――帰るわ」
「あ……おい!」
血の気が引いたままのフレイアは自分の荷物を手早くまとめると、そのまま俺の制止も聞かずに足早に教室を出て行った。
フレイアが出て行ってしばらくの間、俺はその場から動けなかった。
……冷静になれば、俺が悪いことなんてわかりきっていた。フレイアがルキウスと結婚したいと思ってないことなんてとっくにわかっていたことなのに。
ルキウスのことを擁護するようなことを言っていたのは、少しでもこれからの不安を和らげたいと思うフレイアの心の表れだ。別にフレイアが心からそんなことを思ってるわけじゃないのは理解している……つもりだった。
つもりだった。つもりでしかなかったんだ。本当に理解してたら頭に血なんて上らせないし、フレイアに言い返したりなんかしない。そんなことで状況が良くなることもフレイアの不安が和らぐこともない。
……惚れた女の不安一つ取り除いてやれない。そんなのだから俺はまだまだガキなんだ。
教室の窓から学校を出て行くフレイアを眺める。追いかけて何か言った方がよかっただろうか? 今のは俺の本心じゃないとかなんとか。……逆効果な気がするな。
俺はただ、フレイアにとってより良い未来になるように。フレイアが幸せになってくれたらそれでいいのにな。
なんでこう、上手くいかないんだろうな。
それから少しして。
その日はフレイアから学校には来ないとあらかじめ聞かされた日だったから、俺も学校には行かずに単車の点検のために街の工場に来ていた。
「ディッカ」
俺に単車を売ってくれた人であり、今日も単車の点検をしてくれるこの工場の工場長の爺さんが俺に話しかけてきた。油まみれの上下の繋ぎを着て、白くなった髪と黒い汚れが顔面に付いてる爺さんだった。
「おめぇ、単車は好きか?」
「なんだよいきなり……そりゃ好きに決まってるだろ。じゃなきゃ乗り回したりしねぇ」
「自分でもよく手入れをしているな。乗りながらモンスターと戦ってるとは思えんほど痛みが無い」
「当たり前だ。自分の命を乗っけてんだからな。毎日欠かさず、爺さんがくれた手順書通りに手入れしてるぞ」
俺に背を向けながら相変わらず単車の点検を続ける爺さん。
いつもは点検中に話しかけてくることなんて無いのに、今日はいったい何なんだ?
「単車は手順書通りに手入れすればいつでもお前の運転に応えてくれる。……だが、人の心っていうのはそうもいかん。そうだろ?」
「……何の話だ、爺さん?」
「お前の心の乱れが単車にも表れてるってことだ。単車に乗り始めた頃とはまた違う乱れだ」
「……爺さんには関係ないだろ」
……スピリッツ家の問題は、もう時間がない。それなのに俺は何もできずにいる。
期限が来ればスピリッツ家の方から俺との婚約解消の申し出があるだろう。俺がフレイアと出会ったころに言っていたことが叶うってわけだ。ただ、俺に責任があっての婚約解消じゃないってことになるが。
「まっすぐ向かう方向が見えれば、お前の単車はもっとお前に応えてくれるだろうよ」
「……そうかよ」
爺さんとそんな話をしていた時だった。俺の元に二つの出来事が舞い込んできたのは。
「……フレイア?」
工場が面している大きな通り。人通りが多く、人が歩く歩道と馬車などが行き交う車道が分かれている。そんな道の車道を一台の馬車が通り過ぎていった。
馬車の窓から見覚えのある顔が覗いていた。赤い髪に、赤い瞳。俺の婚約者であるフレイア……と、その奥に見えた顔は――ルキウスだった。
何してんだ――なんて思う間もなく、二つ目の出来事が俺の元に飛び込んできた。
「おう、ディッカ! 今すぐ俺たちのところに来い!」
「アルタ?」
車道を爆音を鳴らしながら走って俺のところにやってきたのは、俺の親友のアルタと仲間たち――鋼鉄の旋風の面々だった。
「でけぇヤマだ! とんでもねぇ金が稼げるぞ!」
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