「お前のおかげで、今はそうでもないんだ」
始めてフレイアが学校を欠席してから、俺が見てる限りでもフレイアは時々学校を欠席しているようだった。相変わらず毎日学校に通っているわけでもない俺が見る限りでもそうなのだから、実際には結構な頻度で欠席しているのだろう。
「おい、体調でも悪いのか?」
放課後の教室。人もまばらになったその場所で、俺はいきなり休みがちになったフレイアに声をかけた。どうして休んでいるのか聞かされていなかったが、休む理由で一番多いのは間違いなくこれだろう。
そう思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
「別にそういうわけじゃないわ。本当は私も休みたいわけじゃないんだけど……」
「なんだ、何かわけでもあるのか?」
俺がそう尋ねるとフレイアは黙り込んでしまった。
いつもはハッキリとしゃべるフレイアらしくない。ただ、その顔を見るに言いたいけど言えない、何かを我慢しているような、そんな表情だった。
「家のことで少しね」
「……そうか」
フレイアの家は一般庶民とは違う。外に話せること話せないこと、いろいろなことがあるはずだ。「家のことで」と言われたら、俺はそれ以上何も言えない。
フレイアがそう言うということはつまり、外部に話したらあまりよくない類いの話なのだろう。俺は婚約者とはいえ、逆に言うと未だ婚約者でしかないのだ。フレイアがレジス家の人間になったわけでもなければ、俺がスピリッツ家の人間になったわけでもない。
だから俺は事情を聞き出すのをいったん止めて、別のことを口にした。
「まあ、なんだ。俺にできることがあれば言ってくれればいい。できる範囲のことならしてやる」
こんなことを面と向かって言うには、俺はまだフレイアに対する経験値が足りていない。若干頬が熱くなっていることを自覚しつつ、目を逸らしながらフレイアに告げた。
そんな俺がフレイアにはどう映ったのか。少し笑みをこぼしながら「ありがと」という言葉が返ってきた。
「なら……なるべく学校に来てほしいわ。何も約束が無くても貴方と会えるのはここしかないんだもの。あなたの……その……将来のための時間を減らしてしまうのは、申し訳ないけれど……」
「別にいいぞ。金は結構貯まってるんだ、気にするな」
フレイアの言葉に二つ返事で了承する。
俺が言い出したことだ。フレイアのお願いを聞くのは当然だ。それに金が貯まっているっていうのも嘘じゃない。夜走らなくなった分昼に走って働いたおかげで、街を出て行くくらいの金はもうあるんだ。そうするかどうかは……今の俺には、何とも言えないが。
俺の返事を聞いて、なんとなく煮え切らないような、居心地の悪そうな様子だったフレイアが肩の力をふっと抜いて微笑んだ。
「ありがとう。私もなるべく学校に来るようにするわ」
「おう。……無理するなよ」
「あなたもね。……学校、嫌いなんでしょ?」
「心配すんな。俺は無理して生きることなんてとっくに止めたんだ。それに――」
そこで言葉を区切って、今度はフレイアの目を見ながら告げる。恥ずかしいという気持ちはおおいにあるが、大切なことは目を見て伝えるべきだろう。
俺らしくないかもしれないが、そういう気分の時だってあるってことだ。それだけだ。
「お前のおかげで、今はそうでもないんだ」
「……そう。なんて言ったらいいかわからないけれど……その……ありがとう?」
頬を微かに染めて照れているフレイア。
なあおい。お前のおかげで変わり始めちまってるんだぞ、俺は。
だから何かあったら俺に言ってくれ。助けになってやるからさ。今はそうやって思えるんだ。
「スピリッツ家で何か起きてんのか?」
「さぁな。フレイアが話せないってことは何かあったってことなんだろうが、それがスピリッツ家のことかどうかはわからん」
満点の星空が広場を明るく照らす、そんな雲一つない綺麗な夜空が広がる夜の時間。
俺はいつも通り集会場の椅子に腰かけてくつろぎながら、隣に座っているアルタと会話をしていた。
「なあ」
「なんだ?」
ぼうっと夜空を見上げながらアルタに話しかける。
「なんで昔の人間は、星と星を繋いで何かに例えるような形を作ったんだ?」
「はあ? 何言ってんだディッカ。そんなの俺が知るわけねぇだろ」
「だよな」
「お前大丈夫か?」
苦虫を百匹噛み潰したかのように表情を歪めたアルタが俺の顔に視線を向ける。
心配してんのか馬鹿にしてんのかどっちなんだその顔は。
「別に、少しぼうっとしてただけだ。それよりお前、昼間ちゃんとあの話組合にしに行ったのか?」
「おうよ。下準備はばっちりだ。後はお前本人が組合に行って署名するだけだな。組合の人間もなんだかんだ感謝してたぜ? 最近モンスターの動きが活発だからってよ」
「そうか。準備を任せて悪いな、助かる」
「馬鹿野郎、このぐらい何ともねぇよ。むしろこれからのことを考えたら、お前はもっと俺達みたいな下の人間を使うことに慣れた方がいいぜ」
アルタの言葉に曖昧に頷いた。アルタの言っていることは最もだ。ただ、いまだに俺が人の上に立つっていうことにしっくりきていないだけで。
俺達もそろそろ将来のことをしっかり考えなければいけない。そのためにも、地均し、地盤固め、下地作り……言い方は何でもいいが、準備をし始めた。
『あなたが自分で作った場所じゃないかもしれないけど……あの人たちのことも、しっかり考えてあげてもいいんじゃない? 例えこの街から出て行くつもりなんだとしても。それが人の上に立ってる人間の責任ってやつじゃないの?』
以前にフレイアに言われたことだ。その時は俺を説得する単に口にしただけだろと思っていたが……なんだ。
やっぱり、こいつらをこのまま放置していくっていうのもどうなんだって思い始めたのだ。
今日も今日とて集会場で笑いあって、じゃれ合って、自分たちの居場所を楽しんでいる。こんな俺を慕って付いてくるような、気の置けない連中だ。
俺が自分から集めたやつらじゃないとはいえ、責任ってやつは取らないとな。
俺が今まで口に出してきたことは、まあ……人間、時間が経てば考えも変わるってことだ。
ふと食堂のばあさんの顔が思い浮かぶ。『あんた最近、よく頑張ってるらしいじゃないか』だなんて言いやがって。
おかげでこの街のことが前よりも嫌いじゃなくなっちまったじゃねぇか。
そんなことを考えていた俺のところに、馬鹿笑いしているやつらの輪から外れて一人寄ってきたやつがいて。
「なんだ、ミーシャ。険しい顔してるな?」
「大将……」
自分でデザインしたであろう、奇抜な服装とアクセサリーを身に着けたミーシャが、どこか不安そうな顔をして俺に告げてきた。
「その……何か事情があるとは思うんすけど――」
――フレイアの姉御が、知らない男と一緒に歩いているところを見た。
ミーシャの口から出たのは、そんな言葉だった。
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