小箱

夷也荊

第1話 眼鏡

 僕は君の写真と対峙している。いつもの眼鏡をかけ、僕と同じ高校の制服を着た君が、笑っている。それを見て、僕は心底安堵していた。


 眼鏡を掛けた君を見ていると、僕は正気でいられない。読書が好きなのに、君の声を聞くと文章を追わずに君の眼鏡を追いかけてしまう。君は世にいう文学少女で、よく本を読んでいる。時々、僕が読んでいる本と君が読んでいる本が同じ時があって、たったそれだけで君と秘密を共有している気がしてならない。僕はいつも文庫にカバーをかけていたから、君は知らなかっただろうけど。誰も寄り付かないから時間つぶしに本を消費する僕と、読書仲間と楽しくおしゃべりして生産的な読書をする君。まるで正反対なのに、本だけが僕と君をつないでいた。


 僕が君から目が離せなくなったのは、君にとても眼鏡が合っていたからだ。細い藤色の蔓のような眼鏡の骨格と、その静かで慎ましやかなバランスに、僕はハッとした。耳に掛ける部分には、より淡くて半透明な紫のクッション材が、ひっそりと、しかし頑なに君の耳を傷つけないように金属の部分から守っていた。そしてその細い骨格からは想像もできないような厚いレンズを、メガネは全体で支えていた。レンズはフレームからはみ出るくらいに厚く、君の視線をしっかりと受け止めていて、外の景色を媒介する役目を忠実に担っていた。君が何かを見る時に、必ず一番先に見るレンズには、嫉妬さえ覚えたものだ。眼鏡が鼻の上で眼鏡をバランスよく支えるのは、透明な固いが丸みを帯びた部分で、これも耳に掛ける部分と同様に、しかしより一層力よく眼鏡の重さから君を守っていた。まるでその藤色の細いフレームの眼鏡は、君のためのオーダーメイドのようにぴったりだった。これはもはや身体の延長上にしつらえられた視覚ではなく、君の一部となって君の輪郭として存在していた。


 しかし、君は高校の夏休み期間に変わってしまった。いわゆるイメチェンで、眼鏡をコンタクトに変え、眼鏡とよく似合っていた三つ編みのおさげもおろしてしまった。僕は初めて君を嫌悪した。眼鏡のない君は、僕にとってとてもはしたなく見えたからだ。僕の感覚が正しいと証明するように、君の周りに男子が増えた。でも、そいつらは、君の本当の魅力に気づかなかったバカばかりだ。眼鏡をかけていない君は君じゃない。


 だから僕は君の遺影がメガネを掛けていることに、安堵しているのだ。僕だけが知っている君の魅力を、僕だけのものにして、永遠にしまい込むことができたのだから。


                         〈了〉

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