第3話 失われた信頼、取り戻すための決意

自室に戻った俺は、早速目当てのものを探し始めた。

確か、ジールの豪奢な机の引き出しの奥に、鍵のかかった一冊の日記があったはずだ。

これまでの悪行の数々を知るには、これ以上ない手がかりだろう。


案の定、引き出しの奥から黒い革表紙の日記帳を見つけ出し、鍵を開けてページをめくる。

そこに綴られていたのは、まさに悪行のオンパレードだった。


『今日もあの忌々しいエルマンが、俺の才能を理解せずにガミガミと説教を垂れてきた。くだらん。あんなもの、俺には必要ないのだ』

『侍女のリーザが、俺の紅茶に茶葉を入れすぎた。些細なことだが許せん。罰として一晩中、廊下に立たせてやった。当然の報いだ』

『ミレイアが、俺の読んでいる本を勝手に触ろうとした。生意気な。軽く突き飛ばしたら泣き喚いていたが、自業自得だ』

『父上は、また俺の剣の腕が鈍ったと抜かす。俺には【テイマー】などという役立たずのスキルしかないのだから、仕方ないだろう! なぜ俺だけが、こんな外れスキルなのだ……!』


……ひどい。

これは想像以上にひどいぞ、ジール・レイヴァルト・ディアル。

日記は、まさに彼の幼稚なプライドと、コンプレックスの裏返しで満ちていた。


(これじゃあ、嫌われるのも当然だ……)


俺は、日記から顔を上げ、大きく息を吐いた。

これを書いたのが、つい最近までの自分(の肉体)だと思うと、胃が重くなる。

だが、同時に、俺は冷静に今後の計画を練り始めていた。


(まずは、家族との関係改善だ。特に、妹のミレイア……彼女との関係は、何よりも優先しなければならない)


何故なら、俺は知っているからだ。

原作ゲームのミレイアには、物語の根幹に関わる、とてつもなく重大な裏設定があることを。


(ミレイアは、この世界でも数えるほどしか現れない『聖女』としての素質を秘めている……)


それは、傷を癒し、邪気を払い、そして国の運命すら左右するほどの強大な力。

だが、原作のジールはそんな妹の素質に気づくことなく、ただただ嫉妬と八つ当たりから彼女を傷つけ続けた。

結果、ミレイアは兄に完全に心を閉ざし、その聖女としての力は、王家――特に野心的な第一王女にいいように利用されることとなる。

彼女は王国のための駒として、心を殺してその力を行使させられるのだ。


そして、最も重要なこと。

原作の終盤、ジールが断罪される場面で、既に高い地位を得ていた聖女ミレイアは、兄を助けるどころか、冷たく突き放したのだ。

「あの人は、もはや私の兄ではありません」と。

あのシーンは、プレイヤーだった俺の心にも深く突き刺さった。


(逆に言えば……ミレイアの信頼を得ることができれば、未来は大きく変わるはずだ)


聖女である妹が、俺の味方になってくれる。

これ以上の保険はない。これこそが、俺が目指すべき最初の、そして最大の破滅回避フラグの攻略なのだ。

スローライフだなんて悠長なことを言っている場合ではないのかもしれないが、この関係修復は、急いては事を仕損じる。

時間をかけて、じっくりと、彼女の凍てついた心を溶かしていく必要がある。


(そのためには、まず俺自身が変わらなければならない。行動で、態度で、示すしかないんだ)


俺は日記を閉じ、鍵をかけて元の場所に戻した。

そして、改めて部屋の中を見渡す。

豪華ではあるが、どこか乱雑な印象を受ける部屋だ。脱ぎ散らかされた上着、読みかけで放置された本。

これらは全て、元のジールの怠惰さの現れだろう。


「手始めに……部屋の掃除からだな」


メイドに任せれば一瞬で終わるだろうが、それでは意味がない。

自分のことは自分でする。その第一歩だ。


俺は袖をまくり、まずは床に散らばったものを拾い集め始めた。

慣れない手つきで、それでも黙々と作業を進める。


しばらくして、部屋の扉が控えめにノックされた。

入ってきたのは、朝、俺を起こしに来た若いメイドだった。名前は確か……アネット、だったか。


彼女は、俺が自分で部屋を片付けているのを見て、一瞬、目を丸くした。

そして、すぐにいつもの無表情に戻り、深々と頭を下げる。


「ジール坊ちゃま、何かお手伝いすることはございますでしょうか」


その声には、やはり感情がこもっていない。

だが、ほんの少しだけ、戸惑いのようなものが感じられたのは、俺の気のせいだろうか。


「いや、いい。自分の部屋くらい、自分で片付ける」


俺は、できるだけ穏やかな声でそう答えた。

アネットは、さらに驚いたように、ほんの少しだけ眉を上げた。


「……かしこまりました。何かご入用でしたら、いつでもお申し付けください」


そう言って、彼女は再び一礼し、静かに部屋を出て行こうとした。

その背中に、俺は思わず声をかける。


「あ、アネット」

「はい、なんでしょうか」

「……いつも、ありがとう」


我ながら、なんだか気恥ずかしいセリフだ。

だが、これは本心だった。

こんな悪名高い主人の世話をするのは、大変な苦労だろう。


アネットは、完全に足を止め、ゆっくりと振り返った。

その顔には、初めて見る、明確な「驚愕」の表情が浮かんでいた。

まるで、信じられないものを見たかのように、大きく目を見開いている。


「ぼ、坊ちゃま……? いったい、どうなさったのですか……?」


声が、わずかに上ずっている。

無理もないだろう。

今までのジールなら、感謝の言葉どころか、罵詈雑言を浴びせていたはずだからだ。


俺は、少し照れくさそうに頭を掻いた。


「いや……別に、どうもしないさ。ただ、思ったことを言っただけだ」


アネットは、しばらくの間、呆然と俺のことを見つめていたが、やがて、はっとして再び深く頭を下げた。


「も、もったいのうございます……!」


そして、どこか慌てたように、足早に部屋を出て行った。

バタン、と閉まった扉の向こうで、彼女がどんな表情をしていたのかは分からない。

だが、俺の心には、小さな、しかし確かな手応えが残っていた。


(よし、まずは第一歩、だな)


部屋の片付けを終えた俺は、少しだけ達成感を味わっていた。

もちろん、こんなことで失われた信頼が取り戻せるわけではない。

だが、何もしなければ何も変わらないのだ。


(次は……どうするか)


腕を組み、考える。

ミレイアとの関係修復。そのための、具体的なアプローチ。

まずは、彼女のことをもっと知る必要がある。

好きなもの、嫌いなもの、興味のあること……。


ふと、窓の外に広がる美しい庭園が目に入った。

そこには、色とりどりの花が咲き乱れている。

確か、母セラフィナが丹精込めて手入れをしていると、日記にも書かれていたな。


(……庭に出てみるか)


何か、ヒントが見つかるかもしれない。

あるいは、少しでも気分転換になるかもしれない。

俺は、静かに部屋を出て、陽光あふれる庭園へと足を向けた。

妹の心を溶かすための、最初の一手を探すために。

そして、それは俺の予想よりも早く、母との会話の中に隠されていることを、この時の俺はまだ知らない。


―――



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悪役貴族ですが、もふもふテイマーで破滅を回避します 空月そらら @Soraran226

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