第2話 ごめんなさい
「34番、で、お待ちの、お客様。2番、の、窓口まで、お越しください」
一日何十回と聞く自動案内音声に従って、私の前に高齢男性の客が座る。
「このカード使えないんだけど」
そう言って、客は表面の色がはげたキャッシュカードを窓口のテーブル上に投げ捨てる。
せめて青色のトレイの中に投げ捨ててほしい。
銀行の窓口担当に、仕事の楽しさややりがいなど皆無だ。
メリットは比較的定時で帰りやすいことと、安定していることのみ。
「只今お調べいたしますので少々お待ちください」
もはや条件反射で勝手に言える、紋切り型の接客文句だ。
多分、経年劣化による接触不良か何かだろう。
エラー自体は簡単そうだが、客の方は経験則的にクレーマー体質だ。
**
結局クレーマーの説教に20分以上も時間をとられ、当然後に待っていた客からも良い顔はされなかった。
こっそりとピルケースから精神安定剤をODしなかったら、今日も耐えられなかっただろう。
なんでこんな仕事をしているのだろう。
確実に向いていないことは自明なのに。
職業選択の自由、というのは嘘だと思う。
人は結局、元々の能力や行動範囲の中で、その役割がある程度あらかじめ決められてしまっているのだ。
メンヘラの私が、地元から出ずに地銀の窓口をしているように。
職場からの帰路、そんなことを考えているうちに馴染みのジムに到着した。
**
今日は背中の日だ。
ジムのロッカールームでウェアに着替える。自傷痕隠しの黒い長袖コンプレッションシャツを着て、無地の白いTシャツを重ねる。
フリーウェイトのコーナーに行き、トレーニングベルトとパワーグリップをして、バーベルロウから始める。
20㎏でウォームアップをして、42.5㎏で3セットをこなす。
背骨はまっすぐに、腕ではなく広背筋で引くよう意識する。
バーベルを胸まで引いたら、また元の位置まで下げる。
―――8回…ごめんなさい…9回…ごめんなさい…
キツい。苦しい。筋繊維がブチブチと切れていくような感覚がある。
鼓動が早まり、汗が滝のように流れてくる。
視界が明滅し、思考が停止する。
全ての血管に圧がかかり、身体中が鬱血するようだ。
―――…10回…ごめんなさい…!
バーベルを床に落として、膝に手を着きゼエゼエと浅い呼吸をする。
こんなことやめたい。辛い。でも、これが私に対する私の罰だ。
バーベルの重りを変えて、ベンチに座りバーベルを背中に背負って上げ下げする。バックプレスだ。
素早くトップへ押し上げ、ゆっくりと頭の後ろに下げていく。筋肉は基本的に収縮したときより引き延ばされているときの方が大きな負荷がかかる。
―――1回…ごめんなさい…2回…ごめんなさい…
私はこのようなプレス系の種目が好きだ。重さに潰され、自らを虐げている感覚がより強く得られる。
その後、バーベルシュラッグ、ラットプルダウンをこなし、グルタミンの粉末を混ぜたソイプロテインを胃に流し込んだ。
今回、バックプレスでは25㎏で12回の新記録が出せた。
挙上重量が伸びると安心する。罰の重さが増えるからだ。
ドーパミン・オキシトシン・エンドルフィン・セロトニンのカクテルが脳を満たし、ベンゾとアルコールをODした時のような多幸感を感じる。
しかし、それも30分もすれば霧散してしまう。
あとに残るのは、激しい疲労感のみ。
**
さて、先ほどから罪、罪と喚いてはいるが、私の罪とは一体何なのか説明しなければならないだろう。
冒頭に述べたように、罪とは私だ。
つまり、罪とは私の存在そのものであり、私はそもそも産まれてはならない子供だった。
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