『1分で読める創作小説2025』応募作品集
海坂依里
「人気という名の仮面を剥がす」
「あー……あー……」
声を出す。
舞台に立つ直前。
時間が来る、ぎりぎりまで。
「あー、あー」
しっかりと声を出すことができているか、確認する。
舞台に立ったとき、マイクに頼らなくても響く声を出すことができるかどうか。
「あー」
できる。
「あー」
私なら、できる。
長年の経験が、今日の私を支えてくれるから。
「この直前の発声練習を聞くのも、今日が最後なんですね」
スタッフの人が寂しそうな声を聞かせてくれるのも、今日が最後。
明日の私は、もう芸能界にいない。
今日は大好きな人たちに、今までの感謝を全力で届ける日。
「お願いします」
行ってきます。
今日まで私を支えてくれたスタッフさんに向けて、前向きに声を飛ばす。
スポットライトが照らす、輝かしい舞台に向かって足を進める。
今日は、私が芸能界を去る日。
明日、私は芸能界からいなくなる。
(スポットライトの光って、こんなにも熱かったんだ……)
もうすぐ、みんなに会える。
心臓の音が可笑しくなりそうな速度を上げながら、私を鼓舞してくれる。
(心臓が、熱い)
もうすぐで、始まる。
もうすぐで、私の芸能人生が終わる。
それなのに、私。
(今日が最高に楽しみ)
あと1歩。
あと1歩で、私は今日の主人公になる。
「みんなー」
舞台を照らす光に包まれ、体の熱が上がっていく。
指先にまで届く熱さに、心臓が揺れ始める。
主人公を着飾ってくれる眩い光たちに、私も負けていられない。
私も輝きたい。
最後の舞台なんだから、輝かなきゃいけない!
「今日は私の引退ライブにお越しくださり、本当にありがとうございます」
光が、私の視界を可笑しくさせる。
こんなにも強いスポットライトを浴びてしまうと、私は客席を見ることができなくなる……。
「…………」
私の名前を呼ぶ声が、聞こえない。
私を待っていてくれた人たちの歓声が、聞こえない。
(演出……?)
目を開けなきゃ。
目を開けて、1人でも多くのファンを記憶に残さなきゃ。
「みんな」
だって、今日は私の引退ライブなんだから。
「待たせて、ごめ、ん……」
静まる会場。
響かない歓声。
聞こえない名前。
光が差さない、客席。
「私の……ファンは……」
今どこにいますか?
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