『大道探偵事務所 弐』
近年、国内各地で警察・自衛隊力では太刀打ちできない不可解な怪事件が頻発し、社会を混乱させていた。
新興宗教による思想犯罪。続発する陰惨な猟奇殺人。闇取引される粗悪なドラッグ――(以下略)。
それらは一見すると無関係であるが、政府はこれらの背後に「組織」が存在すること、組織の計画によって犯罪と混乱が発生していることを知らないでいる。
ただ一人、その事実を知り、組織の陰謀に立ちはだかる男がいた。
その名は……ダイドー少尉! 「大道探偵事務所」の所長にして、正義の砦である!
駅前商店街にある雑居ビルの二階に、その事務所はあった。
「
「イヤ、それはもういいから……」
ダイドー少尉は、既知の友人、
「あのサー、ここ、探偵事務所? 始めてからどんくらいだっけ?」
安物のソファに背中を預け、美咲は尋ねた。ダイドー少尉は、ふむ、と首をかしげた。
「二十八週と少しであるな」
「週でいうな! 解かりづらいよ! なんでアメリカン囚人感覚なんだよ! えーと、七ヶ月か。ホントに依頼とかあんの? マンガじゃあるまいし。実は浮気調査とペットの行方不明とかってパターンなんだろ?」
美咲の見下し口調に、ダイドー少尉は、はん! と返した。
「甘いぞ! だから貴様は鳩羽美咲のままなのだ! 我が事務所のウェブサイトを見ておらぬのか?」
「あー? あの嘘八百の実績並べてる、詐欺まがいの奴? 見たよ。「九〇式戦車砲弾であれば弾き返すことが出来ます」とか「カイザーナックルで各国の悪霊を退散します」とか全部、シロートには意味不明だし、それってそもそも探偵のスキルか?」
ダイドー少尉は、ちちち、と指を口の前で振り、ふぅ、と溜息をこぼした。
「嘘から出たまこと。当たるも八卦、当たらぬも八卦。虎穴にて
ははは、とダイドー少尉は笑い、カクテルグラスの水をぐいと飲み干した。聞いていた美咲は思った。もしも「バカにつける薬」を発明したら、ノーベル賞が取れるだろう。そのためのモルモットは現在、目の前にいる、と。
「テメーがバカなのはいいとして、カイザーナックル? それ見せてみろよ、ほらほら、出せるモンなら――」
「何と! 鳩羽! 貴様は今、憑かれているのか!」
「たぶん字が違うと思うケド、疲れてるよー。んで? カイザーナックルって?」
するとダイドー少尉はスーツの上着を慌てて脱ぎ、右腕のシャツをめくりあげ、拳の表を美咲に向けた。ごつごつとしているが、ただのげんこつだったので、美咲は首をひねった。
ダイドー少尉はマジックを左手に持ち、なにやらブツブツと始めた。
「in nomine pater et filius et spiritus sanctus...in nomine pater et filius et spiritus sanctus...」
「はい?」
英語ではないしフランス語でもない。ドイツ語でもなく、それ以外の言語は美咲にはわからないので、チンプンカンプンであった。
「ちぃっ! しまった! 我輩としたことがうかつな! 鳩羽めに憑くならば悪霊はラテン語ではなく日本語か! 改めて! ……父と子と聖霊の御名において……父と子と聖霊の御名において……」
繰り返しつつダイドー少尉は、マジックで右手のげんこつにバツ印をキューと描いた。どうやら十字架のつもりらしい。
その直後! ダイドー少尉は重くひねりの入った渾身の右ストレートを鳩羽美咲に向けて放った!
いきなり向けられた拳に美咲は驚き、しかし素早く丸めた雑誌「ナショナルジオグラフィー」で重い右ストレートをパン! と弾き、ついでに顔面にも一撃いれた。
「テメ! 衝動的に殺す気か!! 勝負するなら表に出やがれコンチクショー!」
美咲の絶叫に、鼻血を流しているダイドー少尉は、にっこりと微笑んだ。
「我輩の拳にカウンターを当てるとは、さすがは鳩羽美咲! あなどりがたし! ともあれ、聖なる拳・カイザーナックルにより貴様の悪霊は木っ端微塵になって消え去った、もう安心するがよい。さて、知った仲とはいえ料金はきっちりと頂くぞ? 三千万だ。スイス銀行の我輩の秘密口座に二時間以内に振り込んでおけ。口座番号は我が事務所のウェブサイトのトップページに掲載してある」
美咲は少しだけ悩んだ……どこをツっこめばこのバカは沈黙するのか、と。
「いきなり人を殴ろうとして、三千万て、いつからブラックジャックですかアンタ?」
「む? ちと高いか?」
「ランボルギーニ・ガヤルドを新車で買える金額が安いと思うかフツー? 金銭感覚がマヒしてる環境系IT投資家か、テメーは?」
ソファに座ったままジーンズの先のピンヒールを上げ、手前のウッドテーブルにかかと落とし! ゴン! と事務所全体が震えた。
「金にあれこれと下世話で哀れな鳩羽美咲よ……まあ良い。只今冬の割引セール中ということで五〇〇ペソにまけておいてやるわ」
「何でペソでスイス銀行なんだよ! 換算したらベラボウに安いじゃねーかこのド阿呆がぁ!」
立ち上がった美咲は、丸めたナショナルジオグラフィーでダイドー少尉の顔面を再びフルスイングした。
「甘いぞ鳩羽ぁ! 同じ手を二度喰らう我輩! ……である……ごふっ!」
「あ、スマン。クリーンヒットさせちゃった。ほら、ハンケチ。鼻血を拭いて……て、失神してるしー!」
近年、国内各地で警察・自衛隊力では太刀打ちできない不可解な怪事件が頻発し、社会を混乱させていた。
新興宗教による思想犯罪。続発する陰惨な猟奇殺人。闇取引される粗悪なドラッグ――(以下略)。
それらは一見すると無関係であるが、政府はこれらの背後に「組織」が存在すること、組織の計画によって犯罪と混乱が発生していることを知らないでいる。
ただ一人、その事実を知り、組織の陰謀に立ちはだかる男がいた。
その名は……ダイドー少尉! 「大道探偵事務所」の所長にして、正義の砦である……との、もっぱらの噂である!
――おわり
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