係長田中、吠える!

@k-shirakawa

—町役場の沈黙を破る者—

【第1話:沈黙の町役場】

田中陽太、50歳。町役場に勤めて25年、係長止まりの『負け犬』と呼ばれる男。

教育委員会に異動した彼は、ある教育長の突然の退職劇に違和感を覚える。

噂される奨学金不正、町長一派の圧力、そして内部告発の裏取引。

田中は、沈黙する職員たちの中で、ただ一人その闇を見つめていた。


【第2話:田中の履歴書】

田中の過去は、逃げと虚勢に満ちていた。

旅館の跡取りを嫌い、隣市の銀行に就職。ギャンブルと酒に溺れた日々。

そんな彼を変えたのは、妻と子供の存在だった。

25歳で町に戻り、公務員となった田中は、静かな人生を望んでいた。

だが、ある非正規職員の言葉が彼の心を揺さぶる。

「田中さんが町長になれば、この町は変わる。」


【第3話:人間観察者の記録】

田中は日々、役場の人間模様を観察していた。

地元新聞に登場する部長級職員の不正、妻との共謀、パワハラ。

「声が大きい者が勝つ」そんな空気に、田中は違和感を覚える。

かつての自分の腐敗した日々を思い出しながら、「何の障害もなく綺麗な道を歩んできた奴らに負けるな!」その言葉が胸に刺さる。


【第4話:会議室の激論】

非正規職員との会議で、非正規職員は初めて声を上げた。

「町民のためになるかどうか、それが判断基準です」

非正規職員の言葉に、田中は心を打たれる。

かつての権力者たちが老いていく姿を見ながら、「奢れる者は久しからず」田中は、自分の晩年をどう生きるかを考え始める。


【第5話:孤独と誠実】

「人の上に立つということは、孤独との戦いです」

非正規職員の言葉が、田中の胸を打つ。

彼は町のために入職し、正義を貫いたが、部長級職員の圧力で辞めさせられる。

田中は、自分が守れなかったことを悔やみ続ける。

教育委員会の寮で起きたトラブルにも、田中は誠実に対応する。

脂汗をかきながら、何度も頭を下げる。

父親が他界したその日も役所を休むことができず、直葬で火葬した後、納骨をせずに役場に帰ってきて仕事した。


【第6話:満たされない者たち】

繁華街の店で、田中は孤独な人々と交わる。

満たされない者たちの中に、自分もいることを痛感する。

ゴールデンウィークも出勤し続ける田中。

町長や町議たちは、居心地の良い場所に執着し、弱い者を蹴落としていく。

誰も助けようとしない。

田中もまた、その沈黙の一員だった。


【第7話:告発と敗北】

非正規職員は町長を訴え、警察が動いた。

田中も聴取され、全てを語った。

だが、町議たちは動かず、裁判の勝訴も町政を変えることはなかった。

「町民のために動く公務員は誰もいなかった」

その現実に、田中は打ちのめされる。


【第8話:群れの中の孤独】

人は群れを作る。既得権益を守るために、仲間外れを恐れ、加害者にも傍観者にもなる。

「何もやらなかった」を「やれなかった」と言い訳する田中。

その先に残るのは、「何もできなかった自分」だけだ。

田中は、自分が教育委員会にいる資格がないと痛感する。

こんな感じで子どもたちに何を教えるというのか

そして最後に、非正規職員への謝罪を。

「貴方の勇気ある行動に、私は何もできなかった。」と涙を流して謝罪した。


【第9話:決意の朝】

あの日、田中は目が覚めた瞬間に決めていた。

「もう逃げない。俺がやるしかない。」

非正規職員の彼が去ってから、町役場は何も変わらなかった。

誰も声を上げず、誰も動かない。

ならば、俺が吠える。負け犬の遠吠えではなく、町民のための咆哮として。

退職届を出した日、同僚たちは驚き、そして沈黙した。

「田中さん、何かあったんですか?」

「いや、俺は町長選に出る!」

その言葉に、空気が凍った。

誰もが冗談だと思った。だが、彼は本気だった。


【第10話:選挙戦、孤独の闘い】

選挙戦は想像以上に過酷だった。

資金も人脈もない。ポスターも手作り、演説も田中自身で原稿を書いた。

町民の前に立つたび、手が震えた。

「この町を、町民の手に取り戻したい。」

その言葉だけを信じて、毎日歩いた。

雨の日も、炎天下も、町の隅々まで足を運んだ。

かつての同僚たちは距離を置いた。

町長一派は徹底的に妨害してきた。

「田中は危険人物だ」「町政を混乱させるだけだ」

そんな中、かつて非正規職員だった彼が、遠方から応援に駆けつけてくれた。

「田中さん、あなたならできる。俺が保証する。」

その言葉が、何よりの支えだった。


【第11話:当選、そして改革の始まり】

開票の日、田中は一人で自宅にいた。

テレビもラジオもつけず、ただ静かに待った。

深夜、一本の電話が鳴った。

「田中さん、当選です。おめでとうございます。」

その瞬間、涙が溢れた。

誰にも見られないように、声を殺して泣いた。

町長としての初日、田中は役場の玄関に立ち、全職員に頭を下げた。

「今日から、町民のための町政を始めます。皆さん、力を貸してください。」

まず取り組んだのは、『情報公開の徹底』だった。

役場の予算、議事録、職員の配置まで、すべてを町民に見える形にした。

次に、『若者支援制度の創設』。

奨学金の透明化、起業支援、空き家の活用。

町を出ていった若者たちが、少しずつ戻ってきた。

そして、『職員の意識改革』。

「町民のために働くとはどういうことか」

毎月一回、職員との対話会を開いた。

最初は誰も発言しなかったが、徐々に声が上がるようになった。


【第12話:風穴を開けた者たち】

改革は順調とは言えなかった。

反対派の町議たちは、あらゆる手段で妨害してきた。

「田中町長は理想論者だ」「現実を知らない」

だが、町民の声が彼を支えた。

「町が変わった」「希望が見えるようになった」

その言葉が、何よりの報酬だった。

かつての部長級職員は、退職を余儀なくされた。

不正の証拠が次々と明るみに出た。

町民の信頼を取り戻すには、時間がかかったが、確実に前進していた。

非正規職員だった彼は、町の外から講演に招かれ、若者たちに語った。

「声を上げることは怖い。でも、誰かがやらなきゃ、何も変わらない。」

その言葉は、町の若者たちの心に火をつけた。

そして地域おこし協力隊に入隊する他の地域からの若者も集まって来た。


【第13話:バトンの行方】

町長としての任期が終わる頃、田中は決めていた。

「次は若い世代に託す。」

町政は、個人のものではない。

田中が開けた風穴を、次の世代が広げていくべきだと思っていた。

町役場の若手職員の中に、一人、光る人物がいた。

30代前半、地元出身、町民の声に耳を傾ける姿勢がある。

田中は彼に声をかけた。

「次、君がやってみないか?」

彼は驚きながらも、真剣な目で頷いた。

選挙戦では、田中は彼の応援に回った。

「この町を、未来に繋げるために。」

町民はその思いを受け止め、彼を町長に選んだ。


【第14話:静かな日々、そして感謝】

町長を退いた田中は、再び町民の一人となった。

役場の前を通るたび、かつての自分を思い出す。

「負け犬」と呼ばれた日々。

それでも、吠え続けたことに、今は誇りを持っている。

非正規職員だった彼とは、今も時折連絡を取る。

「田中さん、あの時の決断が町を変えましたね。」

彼は笑って答える。

「いや、貴方の言葉が私を変えたのです。」

町は少しずつ、確実に変わっている。

若者たちが戻り、声を上げ、未来を語るようになった。

田中は静かに、それを見守るだけでいい。

そして、最後にもう一度だけ、田中が町民に伝えた。

「ありがとう。私は、幸せな町民です。」


― 完 ―

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