2本目の傘

すだちひな

2本目の傘

 ――また、やってしまった。


 福島優希ふくしまゆうきは、鞄を半開きにしたまま、ため息をついた。ピンクと黒の折り畳み傘が2本、仲良く覗いている。


 別れてからもう1ヶ月経つのに、未だに雨が降ると用意してしまう。


 そんな自分が嫌でみじめでたまらない。


 優希は、強くなってきた雨を見つめながら、鞄の紐を握る手に力をこめた。


 その時だった。


「傘、持ってたりする?」


 びっくりして声の方を向いた。


 ばちっと目が合った人物を、知っている。同じクラスの――、


「金沢くん」


 優希の言葉に、金沢隆かなざわたかしは軽く頷くと、無言で手を差し出してきた。


 はっとして、優希は傘を取り出す。


 この条件反射も、は嫌だったのだろうな。


 そんなことを思いながら。


「ありがとう。助かった」


 雨足が更に強くなる。


 隆は去らない。短めの黒髪を掻く姿は、どうにも落ち着きがないように見える。


 優希は首を傾げた。


「……実は俺、知ってたんだ。福島さんが、傘2本持ってること」


 隆の告白に、優希は目を見開いた。


 だが、どちらも同じクラスなのだ。隆が優希の元カレである古屋大輔こやだいすけのことを知っていても、何らおかしくはない。


 同時に、優希が何と言われて振られたのかも――。


「まぁ、もはやオカン、だから。私……」


 紐を持つ手に更に力がこもる。


 声は震えていた。


 隆の顔をまっすぐ見ることが出来ず、見るともなしに雨を見る。


 また雨足が強くなったようだ。


 雨の音に混じって、ジーッと鞄のジッパーを開く音がする。次いで、更にジーッという音。


 さすがに気になって見ると、隆が財布を開いているところだった。


 ――なんで、財布?


 優希がぱちくりと瞬きをする。と、突然、隆が優希の手のひらに千円札一枚と五百円玉を乗せてきた。


「え? え? なに?」


「傘の代金。いくらか分からないから、これで」


 隆はぶっきらぼうにそう言うと、傘を開いた。


 そして、優希の方をまっすぐに見つめ――、


「もし、福島さんさえ良ければ、今度からこれは俺専用にしてほしい、から……。じゃあ。また、明日……」


 くるりと後ろを向く。その耳たぶは、目に見えて赤くなっていた。


 あまりにも急な出来事に、優希は目を丸くする。


 えっと、それってつまり――。


 心の中でだけ続きを口にして、優希はくしゃくしゃになった手の中のお札を見つめた。


 そして、見つける。


 上に置かれた、これまたくしゃくしゃの小さな紙を。


 そこに書かれた言葉を。


 優希は傘を開くと、隆を追いかけるために、駆け出した。


〈了〉




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2本目の傘 すだちひな @kokkokokekou

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