『最下層の俺が、これより学園の王となる』

結城凱

第1話 箱庭


……もう、終わりにしたい。


努力すれば報われると思ってた。

真面目に生きれば、誰かが見てくれてると信じてた。

……でも違った。


理不尽も、不条理も、誰も止めてくれない。

この場所は、狂ってる。

狂ったまま、誰も疑わない。


「……もう、無理だよ……」



「なんで……生きてんだよ、俺……」



「……死にたい」


その時、スマホが震えた。



《王になれ──この地獄を、逆から支配しろ》







俺は、ゆっくりと目を開けた。


目の前に広がるのは──桜の並木道。


校門からまっすぐに延びる一本道。

両脇には満開の桜が風に揺れ、淡い花びらがふわりと舞っている。


真新しい制服に身を包んだ生徒たちが、その道を歩いていく。

誰かと笑い合う声、緊張した面持ちで俯く新入生。




その巨大な門が、まるでこの学園が“異質な世界”だと告げるように、俺の前にそびえ立っていた。


(……始まるんだ、今日から)


少しだけ汗ばんだ手。

心臓の音が、制服の内側でやけに大きく響いていた。


見覚えがある。

いや──見たはずがないのに、

どうしても“覚えている”気がする。


(……なんだろう、この光景)


どこかで──見たような気がする。

でも、思い出せない。


(いや、パンフレットで見たんだっけ?)

(……いや、気のせいか)


風が吹き抜ける。

桜がふわりと舞い上がり、視界を淡く染めた。



俺はそっと息をついて、足を踏み出す。

──入学式の会場へ向かって。





久遠黎明学園。

全国から選び抜かれたエリートが集う、名門中の名門。

入学試験は難関。倍率は数十倍。

けれどそれでも俺は、夢を信じて、この門をくぐった。


ここを卒業すれば、超一流大学や国家機関、名だたる大企業への内定はほぼ確実。

「未来の王」を育てる場とすら噂される、いわば異次元の学歴ブランドだ。




春の風はやけに澄んでいて、校門の向こうには磨き上げられた白い大理石の校舎と、広すぎる敷地が広がっていた。

まるで“理想郷”だった。


俺、真城レイ。

地方の無名中学から、ひとりで努力を重ね、入試トップの座を勝ち取った。

学園側からも特待生として認められた──はずだった。


(ここなら……実力で上を目指せる)

このときの俺は、そう信じていた。


* * *


「続いて、新入生代表・真城レイくん、挨拶をお願いします」


アナウンスの声に呼ばれ、講堂の壇上に立つ。


目の前にはスーツ姿の教師たち、制服を着た新入生の群れ。

けれど緊張よりも、ようやくここに来られたという実感のほうが勝っていた。



マイクの前で、俺は胸を張る。



「春の息吹が感じられる今日、僕たちは久遠黎明学園に入学いたします。

 本日は、私たち新入生のために、このような盛大な式を挙行していただき、心より感謝申し上げます」



丁寧に一礼して、続ける。


「僕は、努力が報われる世界を信じています。

 たとえ下の立場であっても、力があれば、実力があれば──

 必ず上に届く。

 この学園で、それを証明したい。──それが、僕の目標です」



拍手が起きた。

場の空気が少しだけ温かくなる。


(悪くない。ちゃんと、伝わった)




* * *


Bクラスの教室にたどり着くまで、ずっと引っかかっていた。


校舎入り口に貼り出されたクラス発表の張り紙。

「真城レイBクラス」という文字を見たとき、思わず二度見した。


(……なんで俺が、Bクラスなんだ?)


この学校は、SクラスからEクラスまで順に「実力に応じて」振り分けられると、学校案内のときに説明があったはずだ。

入試成績はトップだった。それなのになんでだ?



……そんな疑問を胸に抱いたまま、教室の扉を開けた。


教室に入った瞬間、ざわっと空気が揺れた。



「お、来た来た!」

「新入生代表じゃん」

「マジで成績トップらしいよ?」


驚きと興味が混ざった視線が、俺に向けられる。


(……まあいい。ここから、俺の学園生活が始まる)


そのとき、教室の扉が開き、教師が入ってきた。


「よーし、席につけー!」



ややガラガラ声気味の男だった。

スーツのネクタイは少し曲がっていて、どこか面倒くさそうな目をしている。



「このクラスの担任をやる、篠塚だぁ。よろしくな」


淡々と自己紹介を終え、黒板に名前だけを書いたあと、即座に続けた。


「さっそく自己紹介してもらうぞ。席順で前からな、パッと済ませていけよー」


そんな流れで始まった自己紹介。

やたらテンションの高いやつもいれば、緊張しているやつもいた。


「か、片山美香です。……よ、よろしく……お願いします


まばらに拍手が起きる中で、二人だけは印象に残った。



「七瀬ミオです。えっと……人と話すのが好きなので、仲良くしてもらえると嬉しいです」



栗色の髪をゆるくまとめた、清楚な雰囲気の女子生徒。

その声と笑顔に、俺の胸が少しだけ温かくなった。



「はいっ! 蒼井タクトです! こう見えてバスケ部でした! よろしくっす!!」



一人だけテンションが明らかに違った。

やたら元気で明るくて、声量も態度も無駄に前向きだった。


(……やたら元気だな、あいつ)


笑ってしまいそうになるのをこらえていたら、いよいよ自分の番が来た。


立ち上がり、教室全体を見渡す。


「真城レイです。地方の中学から来ました。緊張してますが、ここでいろんなことを吸収していきたいです。よろしくお願いします」


言い終わると、教室内に拍手が返ってきた。


(よし……第一印象は悪くなかった、はず)




「はい、ありがとな。これで全員か。じゃあ次に、生活面についての案内に入るぞ」


彼は後ろを向いて黒板に「生活案内」とだけチョークで書きつけると、教卓に肘をついたまま、淡々とした口調で話し始めた。


「まず、この学園の敷地はおおよそ100万平方メートル。

広さで言えば、普通の学校とは比べもんにならねぇ。施設もいろいろあるぞ。訓練場、医療棟、購買街区──あと、映画館やカフェ、娯楽施設まで完備されてる。

学園の外に出なくても、ひと通りの生活はできるようになってる。

移動は自由だ。迷ったら道標を見ろ。ちゃんと建物名と案内が出てる」


(……映画館まであるのかよ)


生徒たちが小さくざわつく中、篠塚は構わず続ける。


「次。寮についてだが、クラスごとにランクが違う。

Bクラスは全室個室で、風呂とトイレも各部屋に完備されてる。そこそこ快適だと思うぞ。部屋番号は、さっき配った紙を見とけ」


そう言いながら、篠塚は教卓の引き出しから封筒と小袋を取り出し、前列から順に配り始めた。


「これは寮のカードキーな。本人登録済みのIC入り。無くしたら再発行に時間も金もかかるから気をつけろ」


俺の机にも、封筒と小袋が置かれた。


「それと腕章。Bクラスは、青帯に銀のプレートがついてるデザイン。制服の左腕に巻いておくように。学内じゃ着用義務だ」


プレートには、ロゴのようなマークと「B」の文字が刻まれていた。

触れてみるとひんやりとしていて、想像以上に“本格的”だった。


(……これが、クラスの印……?)


制服に“階級”を刻まれるような感覚。

なぜか少し、胸の奥がざらついた。


「それと──封筒の中に入ってるのが、今月分の支給金。《1万黎》だ」



「……これ、現金?」


「まじで金もらえるの?」


封筒を覗くと、光沢のある紙幣が数枚、丁寧に折られて入っていた。


俺も思わず、眉をひそめる。


教室がざわっと揺れる。


(……この学校、現金を支給するのか?……)


違和感が喉の奥に引っかかったそのとき、篠塚が続ける。


「お前らも思ってるだろ。なんで“現金支給”なんだってな?

……理由は簡単だ。この学園じゃ、外の社会とは“流通”が分断されてる。

だから、現金、しかも学園専用通貨の《黎(れい)》で統一されてるってわけだ。

つまり、今お前らが持ってる現金は、この学園じゃ一切使えねぇ。

逆に言えば《黎》があれば何でも買えるってことだ」



「だか安心しろ。この学園で売ってるモンは、外よりはるかに安く設定されてる。

国家、企業、王族筋、いろんな支援が入ってて、学生が困らねぇようになってんだ。

パンひとつ《10黎》もあれば買える」



「安すぎだろ……」

生徒の一人が呟く。


「そーゆーもんだ。ありがたく受け取っとけ。

買い物は購買街区でできる。日用品、軽食、教科書──大抵のもんは揃う。

“とりあえず必要なもん”くらいは自分で考えて買え」


そう言って、篠塚は一息つくと自分のスマホを指さして、さらなる注意を告げた。


「それから、お前らのスマホな。

いま持ってるやつはそのまま使えるが、今の時点で、外部の回線には一切つながってねぇ。

電話も、メールも、SNSも、全部“使用不可”だ」


「えっ?どゆうこと?」


生徒たちがざわつく中、篠塚は言葉を続ける。


じゃあ、実演してやる。そこの七瀬。スマホ出してみろ」


「……えっ、私?」


少し驚いた様子で、七瀬ミオがポケットからスマホを取り出した。


「画面下からスワイプして、Wi-Fiの設定を開いてみな」


そこに表示されていたのは、ただひとつ。



《接続中:黎明‐LINK》


「な? 自動で繋がってるだろ? じゃあ次。普段使ってるSNSでもメッセージアプリでも、適当に開いてみろ」


ミオはタップした。だが、読み込み画面のまま動かない。


「……あれ?」


通話アプリ、SNS、動画配信サービス

次々と試すが、すべて開かない。



「……全部、開かない……」


思わずこぼれた小さな声に、教室内が一瞬静まり返る。

ミオは戸惑いながらスマホを見つめ続けていた。画面は読み込みのまま動かず、どのアプリも反応しない


「は? マジ?」


「じゃあ、どうやって連絡取んの?」


生徒たちの声が一気にざわついた。


「まあ落ち着け。だからこそ、学園が用意した連絡手段がある」


「よし、お前ら、スマホ出してみろ」


篠塚の突然の指示に、生徒たちは少しざわめきながら、ポケットやカバンから端末を取り出す。


俺も言われるままにスマホを取り出し、電源ボタンを押した。


(……え?)


いつの間にか──Wi-Fiに自動接続されている。

表示されたネットワーク名は、《黎明-LINK》。


黒板の前に立った篠塚が、教室内をゆっくり見渡しながら言葉を継いだ。



「お前らのスマホの中に、《LIME(ライム)》ってアプリが自動でダウンロードされてるはずだ。探してみろ」


「……これ?」


「そう、それだ」



「その《LIME》が、この学園内で唯一使えるメッセンジャーアプリだ。

このアプリで、教師との連絡も、生徒同士のやり取りも、基本的にはこのアプリで行ってもらう。つまり、連絡手段はそれしかない。」


生徒たちが互いに顔を見合わせ、少しずつ安心したような表情を浮かべ始める。


その説明を聞きながら、蒼井タクトがぼそっと漏らした。


「……なんか、監視されてるみたいっすね」


半分冗談、半分本気。そんなトーンだった。


篠塚は軽く肩をすくめて、真顔で返す。


「大丈夫だ。LIMEのチャットも通話も、内容は学園側に見えないようになってる。プライバシーはちゃんと守られてるから、そこは安心しとけ」


「ほんとにぃ……?」


今度はタクトが小声で返す。からかい半分だが、その瞳には、やはりどこか不安の色が滲んでいた。


「不安に思うこともあるかもしれんが、君たちの先輩も皆、これで普通に学校生活を送ってる。だから慣れるより、慣れろだ」


一瞬、教室が静まり返る。


やがて、小さく誰かがつぶやいた


「……先輩たちも、この通貨や《LIME》使って普通に暮らしてるんだよな。なら……大丈夫か」


「言われてみれば、この学園の変な話、聞かないしな」


ぽつ、ぽつと賛同する声が続き、やがて教室全体にほっとしたような空気が広がっていく。


だが──俺だけは、画面を見つめたまま、どこかざらつくような違和感を拭えなかった。



学園独自の通貨での現金支給。

外との通話も、SNSも遮断されている。

そして、連絡手段は“自動的にインストールされたアプリ”──《LIME》ひとつ。


(……この学園、なにかおかしくないか?)


表面上は整っている。設備も整っているし、制度も万全だ。


けど、そのどれもが“閉じられすぎて”いる。


外の世界から完全に隔絶された学園。


その内側で、俺たちは“何か”に囲まれているような──そんな気がしてならなかった。


(……なにかを、隠してるみたいじゃないか)


もちろん、ここは日本でもトップクラスの名門校だ。

セキュリティや管理が厳しいのも、ある意味当然かもしれない。


けれど。


(……それだけ、なのか?)


心の奥に落ちた小さな影は、すぐには晴れそうになかった。


だからこそ、俺は静かに目を細める。


(……気のせいじゃなきゃいいが)


「ああ、それと、勝手に敷地の外に出るのは禁止だ。外出したいときは、ちゃんと申請が必要になる。まあ、そんな暇もなくなるとは思うけどな」


少し間を置いて、篠塚が教卓に肘をつく。


「最後にもう一つ。明日、朝イチで“生徒会長のお言葉”がある。全校集会みたいなもんだ。寝坊すんなよ」









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