第4話 あの日について

「──で、司書さんはどう思う?」


「うーん」と少し悩んで、司書は答える。


「やっぱり、風紀委員がきな臭いかな。廿日市くんの能力が暴発したのって何か理由がありそうじゃない?」


夷谷えびすだにはうなずき、司書が続ける。


「それに、あのふたりの能力も気になるなぁ。巨大コウモリになる力とぜんまいの力。本当にそれだけかな?あの子たち、能力の本質を隠してる」


「なんで隠すんだろう?」


「切り札だもん。隠さなきゃ」


夷谷は世界図書館を訪れていた。

そこは無限に思えるほど広大で、気の遠くなるような数の本を並べた、超巨大図書館だった。


夷谷もまた、能力について隠していたことがあった。″万能鍵″について、鍵あけはただの副次的効果に過ぎず、真の効果は″世界図書館への通行証″であったのだ。


夷谷が世界図書館を去ると、自宅のベッドの上で目覚めた。


*********************


翌日、知広、廿日市のふたりは″反省室″に呼び出されていた。


「風紀委員長のかみかざ琴古ことこです。あなた達には第2管理棟へ侵入した容疑がかけられています。そうですね?」


俺は「はい」と答えた。


「これは取り調べではありません」


「それより、どこかの学校と戦争でもするのか?」


「知っていたんですね。えぇ。今日呼んだのはまさにそのことです」


風紀委員長の珈は長い黒髪が綺麗な女だ。目鼻立ちが整っていて、茶色がかった目がこちらをまっすぐに見つめている。


どこかの学校と戦争...啓が言っていたことだ。まさか本当とは思わなかったが。


「取引をしましょう。私達はあなた達の容疑をこれ以上追求しません。ですから、私達の計画にご協力いただきたい」


「まずは計画をききたいかなぁ」と廿日市


「ええ、もちろん。では話しましょうか。生徒会強奪作戦について」


珈の雰囲気が変わった。


「私達はクーデターを計画しています。現生徒会を襲撃し、私達の要求をのませます。そのために、風紀委員では秘密裏に戦争の準備をしているのです。あなたたちにはそれぞれしてほしい役割があります。廿日市さん、あなたには新兵器の起動役をしていただきたい。そして治水さん、あなたには開戦前に、副会長を眠らせていただきたい」


「なんでそんなことを?」と廿日市


「弟がいるんです、来年入学してくる。サッカーが好きなんですよ、あの子。でも思春期症スペシャルになったんです。この学校って思春期症スペシャルの生徒は運動部に入れないじゃないですか。だから、私が新しい校則を作るんです」


俺と廿日市は顔を見合わせた。おそらくふたりとも同じことを考えていただろう。「え、そんなこと?」と。


「そんなこと?」と俺。


「そんなことです。でも、やるんです。とにかく、あなたたちには計画に参加していただきますからね」


その後、俺たちは詳細な自分の役割を説明された。

俺の役割は、宣戦布告前に副会長の中野柘榴なかのざくろを眠らせ、戦闘に関与出来ないようにすること。話によると中野は思春期症スペシャルらしい。詳しい能力は分からない。だが、強いことは確かだ。

去年、″浪人″たちが学校へ攻撃を仕掛けてきたとき、何かをぶつけて討伐したらしい。それも数秒で。


決行は2日後、俺の襲撃完了の合図の後に行われる。


翌日。


俺が登校すると、ショートヘアの女子が教室を訪ねてきた。


「治水さん?」


「え、はい」


「ちょっと来て」と手を引かれて俺たちは教室を抜け出した。


行き先は校外だった。

「カラン」とカフェの扉を開き、適当な席についた。俺はレモンティー、女子はダージリンティーを頼んだ。


「さて、本題だよ。治水知広さん」


「ええと、はい」


「わたし、伊賀ちゃんに聞いたんだけれど、きみ、深夜に学校に侵入したんでしょう?そのことは委員長にも伝わっているはず。でも、あなたは変わりなさそう。どうして?」


「守秘義務かな」


「じゃあ、君の中学時代のことについて教えてほしいな。今回の件も、あのときも、鍵の彼が共謀だったと聞いたよ」


「聞いてもしょうがないと思うぞ。それに、突拍子もない話だし」


「それでもいいから」

とその女子はにこりと微笑みながら言った。


「じゃあそっちも名前、教えてよ」と俺


「中野柘榴だよ」


「.......事件については...話せない。でも、俺の思春期症スペシャルが発現したときのことなら話せる。...中学の近くにあった裏山だ。そこを禁足地だと言うやつもいた。まぁ実際はただの鬱蒼とした森だ。その森を抜けると、神社があった─────」


──────その神社はずいぶん古びていて、もう誰も管理していないようだった。


「なんだ、ここ。啓、早く帰らない?」


「ここ通ったら絶対近道になると思うんだよ。ちょっと休んでからいこう?」


「わかったよ」


少し涼もうと、俺たちは神社の縁側にこしかけた。そのとき、俺たちは″荘園″に巻き込まれた。あたりには喋る木々、煌々と光る太陽、にこりと笑う月があった。


俺はその所有権を″拝領″した。


その後俺たちは目覚めると古びた神社の縁側に座っていた。


その荘園は呪いだった。


「キーンコーンカーンコーン」


一限が始まった直後、あたりが突然夜になった。


教室がざわついて、空気がどよめいていた。


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暗い。暗い。暗い。耳鳴りがする。


暗いと、周りがよく見えず、身を守れない。

そこに何がいるのかわからない。それがなんなのかも。

その場の全員が理解していた。それは恐怖だ。


そこには得体の知れない恐怖が渦巻いていた。


にやり、粘っこい笑みを浮かべた巨大な"顔"が教室を覗いていた。


「パリンッ」


窓が1枚割れる。"手"が現れて、窓を割った。

"手"が俺と啓をつまみあげると、"顔"と目が合った。


「"庭"、お返しいたします」


思わず口から言葉が溢れ出た。体の芯が荘園を遠ざけようとしていた。


「カーンコーンキーンコーン」


それらは既に去っていた。

窓ガラスは、俺と啓が割ったということになった。


「─────これが、中学での話だ。この日から俺は思春期症スペシャルになった」


「う〜んと?」


「信じらんねぇだろ?俺もだ」


中野は「いやいや」と首を振った。


「信じてないわけじゃないんだよ!ただ、"荘園"とか、"拝領"とか、分かんない単語ばっか出てきて」


俺はすこし、考え口を開いた。


「俺が知る限り、人が扱える超自然的な力は大きく分けて3つ、思春期症スペシャル、魔術、そして荘園だ。荘園は世界中どこにでもある。海の中でも、人形の家の中でも、山の中でも。その荘園の所有者は他者を荘園へ招いたり、荘園を顕在化させたりできる。啓も荘園の所有者ではないが、自由に出入り出来るらしい。で、その荘園の所有権を荘園から受け取ることが、"拝領"だ」


「なるほどなるほど...。その荘園ってどうすれば行けるの?」


「扉さえ見つければ行けるけど、探すのは無駄かな」


その後は何気ない会話が続いた。

中野はスイーツが好きだということ。

休日によくスイーツ巡りに行くということ。

今度の週末に一緒にスイーツ巡りに行こうと約束までしてしまった。


おすすめのお店を聞いてその日は解散した。


───計画の実行は2日後、俺はその日、中野と敵になる。


帰り道、中野の事を考えていた。


なんで急に俺に話しかけてきたんだろう。事件について気になるからといってカフェでお茶なんて。

そうしたということは、そうする必要があったと考えるべきだ。例えば、能力の発動条件を満たすため...とか。でも、そうなると計画について知っていたってことになる。

...考えすぎか。ただのお茶だ。

そのほうが嬉しい。


翌日、かみかざにすれ違いざま、「今から決行する」と言われた。


振り返った頃には、もう見えなくなっていた。

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