第9話 独白
天の瞳は生まれた時から他人とは違う、鮮やかな濃い蒼をしていた。虹彩のメラニン色素が薄く、日本人には珍しい色だった。
天は自分の瞳が嫌いだった。
瞳の色が周りと異なる、それだけで奇妙な視線を向けられ、避けられ、孤立した。
時には化け物呼ばわりされたこともある。
なぜ、皆と違うのだろう。自問したところで色が変わってくれるわけでもなく天は瞳の色とは対極に、灰色の生活を送っていた。
そんな時、天の蒼い瞳を夏菜だけは肯定してくれた。4月のあの日、夏菜はこの瞳を綺麗だと言ってくれた。初めて自分の瞳が蒼くてよかったと思えた。
夏菜との
天が夏菜を好いているように、夏菜も昔以上に天に惹かれていることは何となく気が付いていた。だがそれはきっと天自身に対してではない。夏菜が本当に好きなのは天の蒼だ。
だからこそ、この蒼を失うわけにはいかなかった。
――半年前。
天が朝、洗面台の鏡を覗き込むと瞳の色が薄くなっていることに気がついた。
昔の天だったなら、その状況を喜んでいたであろう。しかし夏菜と出会った天にとって、蒼を必要とされている天にとって、これは由々しき事態だった。
その日は体調不良と嘘を吐いてを学校を休んだ。夏菜に瞳を見られたくなかった。布団の中でうずくまり、明日、目を開けたら元の青に戻っていますようにと祈り続けた。
翌朝、天はさらに絶望することになった。
昨日はターコイズブルーのような薄い蒼色だったが今日はほぼ茶色の瞳になっている。成長に伴い、天の虹彩に含まれるメラニン色素が平均的な量にまで増えたことが原因だった。
蒼を失った自分の姿を見たら、夏菜は天に何て言うのだろう。どう思今までと変わらず接してくれるのだろうか?
考えたところで答えはわからない。だが、天は今の関係が崩れる方を恐れた。アイケミ用のコンタクトレンズは付けず、代わりに昔、興味本位で買ったコバルトブルー色したアイケミ非対応のカラコンを付ける。
アイケミができなくなってしまうが茶色の瞳を曝け出すよりはましだった。夏菜にはコンタクトを切らしたと誤魔化そう。だが、いつまでもアイケミができないと夏菜に疑われるのは時間の問題だった。カラコンで蒼色を偽りながら、天は蒼を取り戻す方法を必死に探した。
ネットや文献、あらゆる媒体を使って探し回った結果、たどり着いたのは海外のとある目薬だった。
その目薬はメラニン色素を希釈する薬だ。紹介動画では茶色の瞳の女性が目薬をさすと、数分後、色鮮やかなコバルトブルーに変化していた。
藁にもすがる思いで天はこっそり目薬を個人輸入で取り寄せた。海外の知りもしないメーカーの目薬。リスクがないわけではないが、このままではいつかバレてしまう。意を決して茶色の瞳に目薬をさした。
冷たい目薬が目に触れ、
おそるおそる瞼を開ける。
暗闇だった視界に光が差した。どうやら視力を失うようなことには、なっていないようだ。
洗面台の鏡にはパジャマ姿の天が立ち尽くしている。
「あっ」
驚きと歓喜が入り混じった声が思わず口から漏れる。
鏡の中にはあの見慣れた、コバルトブルーの双眸が色濃くはっきりと写っていた。
これで夏菜とずっと一緒にいられる。夏菜は自分のことを見てくれる。
虚色に彩られた瞳を見つめながら、天はその色が偽りでも構わない思った。
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