勇者たちの物語は終わり、新たな道を歩む

こくは

伝説は終わる

「はぁ……はぁはぁ」


 どれほどの間戦っているのだろうか。数時間か数十分だけなのか。濃密な戦闘で時間の感覚が麻痺してしまった。


 しかし魔王との戦いも大詰め。周りの破壊痕がこの戦いの壮絶さを物語っていた。

 魔王城にあった煌びやかな装飾品は全て壊れ、壁や地面はひび入り、厳格だった雰囲気は見る影もない。


 魔王に数多の傷を負わせたが異常な再生力で見た目は無傷のまま。再生も無限ではないと分かっているが精神的には来るものがある。


 それに比べこちらは満身創痍。しかもさっきの魔王の攻撃で守備の要であるベルドが致命傷をおってしまった。


 あの感じ、お腹が貫通していてもおかしくない。聖女であるセリアがいなければ間違いなく死んでいただろう。彼女のお掛けで生き延びているとはいえ、ベルドに掛かりきりになってしまう、こっちへの支援は期待出来ないだろう。


 前衛の彼が離脱した今、俺の負担は大きくなる。だが俺の体力も魔力も限界が近い。ネロも前衛を張れるが彼女は速度を活かした遊撃だ。ベルドのようにどっしりと迎え撃つのは不可能。そうなると俺が崩れれば敗北は必須だろう。


 このままではじり貧だ。


 俺は勝ち筋を見つけるために魔王のとの戦いを思い起こした。


 やつの嫌なところはあの再生力。あれをどうにかする作戦だったが、それはもう無理だ。


 だから、違うやり方で攻略する。


 無敵だと思えるほどの再生力だが、弱点は必ずあるはず。やつは再生力には自信があるようだ。だからか、かなり雑な防御をしていた。


 しかし、触手を盾にするように動かしてたことが一度だけあった。


 確か一番大きな目玉に向かった攻撃だったはず。


 かなりの賭けだが、なぜかこれだと確信していた。


 俺は後ろにいる仲間のメレートとネロに目配せをし、俺の意思を伝える。何年も連れ添った仲だ、これだけでも意思疎通くらいは出来る。


 二人は俺の目をみて頷いた。俺の考えは伝わったみたいだ。


 俺は正眼に聖剣を構えなおす。


 すると聖剣が俺の思いに応えるように光輝いた。思えば不思議な剣だった。


 まるで意思があるように思えることが何度もあった。そのおかげで窮地を脱したこともあったな。それが聖剣と呼ばれる一つの所以なのだろう。


 俺はもう一度魔王を見据える。


 もともとは人のような姿をしていたが、本来の姿になったあいつは異形の化け物だった。


 一軒家ほどもあろう体から無数に伸びる触手、体中に生えた目玉。正気を失ってしまいそうな不気味な姿は対峙しているだけでこちらの精神がすり減らされた。


 あいつの攻撃手段は触手によるものと目から発せられる魔法だ。どちらも無数にあるので対応が大変だったが、少しは慣れた。


 それにメレートには相手の魔法を数分間だけ無効かすることが出来る魔法がある。とんでもない効果だがかなり負担がかかるから使ったあとは動けなくなるといっていた。


 効果も長くなく、三分程だけらしいがそれだけあれば十分だ。


 魔法は封じられるとして残りの触手だが、あいつの触手は三十一本ある。斬ってもすぐ再生するが、それについては考えなくていい。どれだけ早く再生しても戦線復帰してくるのには時間がかかる。


 俺のやることは三十一本の触手を捌いて本体に全力をたたみこむこと。俺だけでは捌ききれないがネロとなら問題はず。


 ──勝算はある。


 ──不安はあるが仲間と俺自身を信じる。


 ──覚悟を決めろ。


「いくぞっ!」


 地面を蹴り俺は駆け出した。そして呼応するようにネロも駆け出し、俺と並んだ。


 俺たちの接近を阻むように魔王は魔法を発動させいくつもの魔法が俺たち目掛けて飛んでくる。どれもこれも違う速さで属性も違う、これがやっかいだったが───。


「くらいなさい、魔法封印マギドモーア!」


 メレートが叫んだ時、こっちに飛んできていた魔法が全て消え失せた。それに追加で魔法が発動する様子もない。


「うぐぅっ、あとは……お願い!」


 そして後ろで、ドサッと音が聞こえた。


 彼女の絞り出したような声。全てを出しきったのだろう。限界ギリギリの状態であんな強大な魔法を発動したのだ、声を出すのすらつらいはず。


 それでも俺たちに声をかけてくれた。彼女の声が力に変わる。


「私が前行く、でも全部は無理」


「了解」


 俺は走り続けながらネロの後ろに位置を移動した。いくつもの触手が襲ってくるがそのほとんどをネロが捌いている。


「今ので二十」


 残り十一本。


 ネロもそろそろ限界だ。少しずつだがこっちに魔王の攻撃がくることも多くなってきた。ここまでほとんど任せているから無理もない。


 そのため打ち漏らした触手は俺が対処していく。


 右上からきた触手を聖剣で受け流し、返しの下段からの振り上げで切り飛ばす。


 真っ直ぐ貫くように伸びてきた触手を半身で避け横なぎ一閃。


 三本とも一斉に襲ってくるが細かく足を動かして避け、ネロが処理して空いた隙間に体を滑り込ませ残りの触手が方向転換している隙に切り裂く。


 残り六本。


 薙ぐように振るわれた触手を軽く飛んで避ける。そこを狙ったように上から叩きつけてくるがネロが短剣を超高速で走らせぶつ切りにした。


 彼女は地面に着地しもう一度跳躍、切った触手の残骸を足場に空中移動を行い、触手を切りつける。そして鈍ったところを俺が叩き切った。


 残り四本。


鉄鋼生成フェールクレア

 

 ネロが魔法を発動させ鉄棒を四本生成する。そしてそれらを投擲。鉄棒は二本の触手を貫通し地面に縫い付けた。


 彼女の得意な魔法である鉄鋼生成フェールクレアは使い勝手がとてもよく応用の幅が広い。そこに彼女の卓越した技術が合わさりとんでもないことを可能にすることがあるが、二本とも同時に縫い付けるとは。


 聖剣の振りだけだと時間がかかるため俺は魔法を発動する。


太陽降臨ソルアヴァントス


 俺が魔法名を唱えると白く輝く球体が顕現した。


 この魔法は俺が独自に作成したものだが、強力過ぎて使う機会がほとんどない。


 今回は魔道具を使用し、俺は魔力を消費することもなく発動させた。最後の一撃のために魔力を出来るだけ残しておく必要がある。使わず残しておいて正解だった。


 白い球体が魔王の触手に触れた瞬間、触れた部分が一瞬にして消失した。厳密には消えたわけではなく蒸発しているのだが何度みてもとんでもない威力だ。


 そして、これで残り二本。


 後、もう少しだ。


 その時───ネロが崩れるように地に膝をついた。


 その隙をついてきた攻撃を弾きながら彼女の様子をうかがう。

 

 血色のよかった肌は青白く変わり、額からは大粒の汗が滴り落ちていた。


「まだ……いける」


 そう言いながら膝の震えを抑えるように手を膝につき立ち上がった。


「無理するな」


 俺がそう言うと彼女は首を横に振り、鋭い目付きで睨み付けるようこちらを見た。


「ここで……無理しなきゃ意味がない。アルスを温存して届けるのが……私の仕事」


 彼女にとって仕事の遂行は絶対か。


「……分かった、頼む」


 頷き短剣を構えなおした。その構えはいつもの隙の無い完璧なものではなく、覚えたての初心者のような不安定なものだった。しかし、そこから感じられる気迫はこれまで感じたことのないものだった。


「……行く」


 そう言い地面を蹴り加速していく。俺はそれの後ろに続いた。


 前から残りの二本の触手が道を阻もうと伸びてきた。俺は手を出さない、彼女の覚悟を信じ最後の一撃に全てをかける。


「うがぁぁぁぁぁ!」


 ネロが両手に握った短剣を振るった。とてつもない速さで振るわれた短剣は銀閃を残し幾何学模様を描いた。その瞬間、触手は細かく切り裂かれ粉微塵になる。


 体調は最悪のはずだ、しかし繰り出された剣技は今までで見たなかでも飛び抜けたものだった。この緊迫した状況でなければず見行ってしまっていただろう。


 そして──全ての触手を切った。


 俺は地面を全力で踏みしめ、聖剣を上段に構える。


 これで終わらせる。


 聖剣が今までにないほどの力強い光をまとった。


 とてつもない程の手ごたえを全身で感じる。

 

 思い出されるのは今までの旅の事。あの時、俺がもっと速く着いていたら、もっと強かったら、そんなことばかり。


 両親を目の前で失ってしまった少女は今何をしているのか。


 俺のために囮となったあの兵士たちはどうなったのか。

 

 何度も後悔した。何度も涙を流した。しかし、いくら後悔しても過去を変えることはできない。だから、魔王を倒すことが俺に出来る彼らへの償い。


 外さぬように魔王を見澄ます。


 相変わらず嫌悪感を抱くような姿だ。そして先程までの暴れ具合が嘘のように静かだった。


 ちょっとした違和感。俺の予想が外れている可能性もあるが、おそらくそれはない。


 諦めたにしては不気味すぎる雰囲気を見にまとい、無数の目玉でこちらを見つめていた。


 不安はある。だがこれはいつもの事だ。心配性なことは今に始まったことじゃない。

 俺はただこの一撃で魔王を倒すことだけ考えればいい。


 上段に構えた聖剣を振り下ろそうとした


 その時だった──。


 魔王の体を突き破り、俺に向かって触手· ·が伸びてきた。


 異常な事態に俺の思考速度が早まり時間が引き延ばされる。


 ちゃんと三十一本切ったはずだ。……まさか、ずっと隠していたのか三十二本目を。


 触手は俺を貫くように伸びてきている。完全な意識外からの攻撃だ、避けられない。

 迎撃するにしても全身全霊の攻撃を放とうとしていたばかり。他の攻撃に切り替える猶予はない。


 このまま攻撃しても触手が邪魔で魔王の命まで届かない。そして行動不能になり俺は魔王を倒す手段がなくなる。ベルド、メレート、ネロ、はもう動けない。残ったセリアは支援特化だ、彼女だけで魔王を倒すことはできない。


 だとすると……攻撃せず聖剣を盾にすれば防御は間に合う。

 

 これなら防御した後も体力、魔力が残る。しかし、魔王を倒すためには再び攻撃を掻い潜らなければならい上に、今度は仲間の援護はない。

 そろそろメレートの魔法の効果も切れるはず、触手だけでなく魔法にも気を付けなければならない。そうなれば魔王討伐は到底無理だ。


 どうすればいい……


 視界がぼやけ嫌な汗がにじみだしてきた。鼓動が細かく脈打ち、聖剣を握る手がこわばっていることが分かる。

 

 全身に絶望感が広がる。


 俺の選択は間違っていたのか。何とか勝ち筋を見つけようと必死になるが、状況を見れば明らかだ。もう、勝ち目はない。現状、魔王と抗戦できるのは俺だけだ。俺が魔王を食い止め、皆を逃がすことが最善。


 覚悟を決め、目の前に迫る触手と俺の間に聖剣を滑り込ませようとしたとき。


「おおぉぉぉぉ!」


 荒々しい雄たけびと共に俺に大きな影が覆い被さった。


「ベルド!」


 致命傷だったはず。セリアでもこんな短時間で治すことは出来ない。


 よくよく見れば、まだお腹の穴が塞ぎきっておらず反対側の風景が背中に写っていた。


 しかし、彼はそんなことを感じさせない力強さで伸びてきた触手を人の背ほどある盾で押し返した。


「いけっ!アルスっ!」


 彼の言葉が身体を侵食していた絶望を吹き飛ばた。全身に力が蘇る。

 

 ありがとう。心のなかで感謝を述べ、聖剣を構え直した。


 生半可な攻撃は出来ない。みんな限界を超えて俺を導いてくれた。


 俺の全身全霊、最高の一撃。俺の持てる全てを!


 聖剣を上段から振り下ろす。眩く煌めく閃光が巨大な目玉を両断し、水平線まで伸びていく。


 それは魔王の絶叫なのだろうか。あたりに金属を引っ掻いたような不快な音が響き渡る。


 今まで何度も感じた命を絶つ手ごたえ。完全に命を絶った確信ある。だが今度は油断しない。


 聖剣を地面に刺し体を何とか支えながらな立ち上がり、その場で暴れる魔王を睨みつける。


「これは……」


 魔王の身体が少しずつ崩れていく。しかし、魔王からとてつもない魔力の放出を感じた。放出された魔力は一点に収束し始め、今か今かと解放の時を待っている。


 ここまでの量の魔力使うと空間が歪んで見えるのか。


 緊迫した雰囲気に似つかない悠長な考え。これまでと打って変わって俺の心は穏やかだった。


 圧縮された魔力が限界を向かえ破裂するかと思われたとき。


聖域顕現サンクファニア


 時が止まったと錯覚してしまいそうなほど澄んだ声が聞こえた。


 セリアを中心に聖なる光が広がっていく。その光は俺やベルドのところまで届き、温かく包み込んだ。


 その瞬間──魔王から人の何倍はあろう禍々しい光線が放たれた。


 光線は聖域顕現サンクファニアと衝突し、貫かんとしている。


「くっっ!」


 彼女の息の詰まったような声が聞こえた。守りの光は輝きを増し、その形を変えていく。


 受けきれないと判断したのか、受け流そうとしているようだ。


 たった数秒の攻防は──彼女の勝ちだった。


 光線が表面を滑るよう方向を変え、天井へと向かい伸びていく。そして止まることなく魔王城を破壊し、空の曇をも引き裂いた。


 空いた天井から月の光が差し込み、城内を照らす。まるで俺たちの勝利を祝福しているかのようだった。


 既に魔王は完全に消滅している。


 魔王が居たところから目が離せなかった。悪い予感がするわけではない。信じられないことが起きたような、心が理解に時間を要している感覚。


「勝ったのか……」


「ああぁ」


 ベルドが俺の呟きに同意した。


 それからはセリアが無理をしたベルドに怒りながら回復魔法をかけたり。動けなくなってたメレートとネロを回収したり。時が過ぎていった。


 俺たちは帰路に着き、魔王討伐の報告をした。


 すると直ぐに謁見の間に通され国王から褒美をもらい、多くの人から称賛され、宴が開かれた。


 宴も開始から時間が経ち皆の興奮も落ち着きを見せ始めたころ、バルコニーで俺たちは集まった。


「さすがに疲れたわ」


「メレート、そう言うな。皆、私たちの話が聞きたいのだ」


「ベルド様のいう通りですよ。私たちはそれほどの事を成し遂げたのですから」


 そう言うセリアはどこか誇らしげだった。


「そういえば、ネロは何してたのよ。あんた気配消してたでしょ。ズルいわよ」


「私は話すの苦手。それに気配消せないのが悪い」


 ネロがきっぱりいい放つとメレートは呆れ驚いた顔をしていた。


 そんな他愛もない雑談をしているとネロが言いにくそうな顔でこちらを見つめていた。


「どうした?」


 流石に無視することは出来ないのでそう問いかけると。一瞬、目があちこちに泳いだ後、覚悟を決めたような顔をした。


「アルス。これからどうするの?」


 どんなことを聞かれるかと思いきやそんなことか。


「また、世界を旅するよ。魔王を討伐しても被害はあちこちに残ってる。全てを救えるような物語の勇者には成れないけど、出来ることはしたい」


「ふふ、アルスらしいわね」


「そうか、寂しくなるな」


「応援させていただきますね」


 各々が反応を見せるなか、ネロだけは言いずらそうに、下を向いていた。


 少しした後、勢いよく顔を上げた。


「私を連れてって欲しい!」


 そう言った彼女の顔は、白い肌を赤く染め、少し涙ぐんでいるようにも見えた。


「そうか、付いてきてくれるか。一緒に困っている人を救おう!」


 俺だけでは限界がある、仲間は多い方がいい。彼女がいればより多くの人を救えるだろう。


「はぁ、これだから」


「そうですね。でもネロ様は勇気を出しましたね」


「少しは発展するといいのだかな」


 なぜか、話が噛み合っていないような気がするが……。


 その後は各々のこの先について話し合った。


 メレートは旅をするのはお腹一杯らしく今後は魔法の研究に専念するらしい。


 ベルドは団長の任に戻るみたいだ。彼は愛妻家で久しぶりに会うのが楽しみだと言っていた。二人は溺愛夫婦として有名だからな。


 セリアは迷える人々を導くために教会に戻るらしい。彼女と俺の目標は似ているから今後も接点があるかもしれない。


 俺は目をつぶり、今までの旅の思い出を頭に思い浮かべていた。


 長い長い旅が終わってしまった。辛いことも苦しいこともたくさんあった。しかし、掛け替えもないものだった。


 ここで、皆とは別れ各々が新たな道を歩んでいく。もう一生、会わないかもしれない。今生の別れになるかもしれない。


 けれど、仲間のことは決して忘れはしないだろう。この先どんなことが起ころうとこれだけは変わらない。


 俺も新たな道を歩むとしよう。


「また、会おう」


 いつか再び道が交わることを夢見て。




 




 


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