第6話
教室に僕は一人。読んでいた文庫本の閉じる音が子気味いい音で耳朶を震わせる。鈍色の空から色が消えうせ、そこには空虚な世界が広がる。淡い天弓が街の端をつまみ、もう一つの街へ端渡すようにかかる様を見れば、その天翔ける粒子の一粒に慣れればと思えど、世界は僕を受容しない。
靉靆する感情を突き放すように、彼女は一言呟いた。
「また難しいこと顔しているな。ぼーーっとして。そんなにその本の読後感は後味が悪かったのか」
そう言って頬杖をつきながら唇を尖らせる。小説の世界に没頭する僕を、君はいつから眺めていたのだろうか。しかして、その世界が壊れぬように本を閉じるまで話しかけなかったのは、彼女なりの譲歩なのだろうか。其れとも件の負い目か。知る由もないことなので、僕は思考の片隅に爪弾く。
「そう言うわけでもない。どちらかと言えばいい方だよ。...しかし、君はいつからいたんだ。全く気が付かなかったよ。」
「最初から、だよ。教室が空いていたからね。他は誰もいないし、ずっと隣で見ていたんだ。」
僕は周りに目を配る。けたたましい教室の狂騒は、いつの間にか夕暮れの静寂。
「そうか」
「そうだよ」
彼女の返答に僕は興味もなさそうに呟く。そりゃあそうか、と。
彼女は自分の黒髪をくるくるとつまらなそうにねじる。その横顔は、やけにばつが悪そうだ。
「......この前はごめんな。」彼女は足を組み、目線は黒板のままポツリと言葉を落とした。
「いいよ、もう。危ないことするなよ。死んでしまったらどうしようもないからな。」僕はカバンに文庫本獅子舞ながら、彼女を横目で疑った。
「...うん、そうだね。」侘し気な彼女の表情は、瑪瑙の美しさ。
「ちなみに、あの丘の上には何があったんだ?」彼女の瞳に心奪われる前に、僕は慌てて声を出す。その焦りの感情の機微を読み取ったのか、彼女はくすりと笑う。
「気になったのなら、またあそこに行ってみなよ。きっと、君の一助となるものがあるはずだよ。」
「ふうん」ふわふわと下回答には、ふわふわした言葉で返す。すると彼女は「ん」と右手の小指を差し出す。
「約束。」彼女は呟く。「私たちはいつかあそこに行かなくちゃならない。だから、これは約束であり、契約であり、戒律だよ。」
「戒律とは大きく出たな、神様。」僕は右手の小指で彼女と交わった。
幽玄の花が咲く。美しくも儚く、虚ろな一輪は、掠れた少年を横目に、色鮮やかに。
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