ありふれた肝試し
犬神堂
第1話 氷川 和利(ひかわ カズとし)①
車のエンジンを止めると、山の静けさが一気に押し寄せてきた。
N県の山奥、かつてS村と呼ばれた集落の跡地。今では地図にも載らない、完全に廃村となったその場所は、地元では「入ってはいけない場所」として知られている。
かつて林業で栄えたが、
表向きの理由は「熊が出る」「道が崩れている」「電波が入らない」などだが、いつしか「でる」といううわさが立ち始めた。
———行ってはならない
根も葉もない話が、地元の掲示板やSNSの片隅にひっそりと書き込まれていた。
噂を聞きつけた向こう見ずな若者たちが、
S村の入り口に着いたのは、夜の七時過ぎだったと思う。まだ、山の
運転席から降りて深呼吸する。空気が冷たい。8月の夜とは思えないほど、肌寒い。
懐中電灯を手に、全員が車を降りる。車をロックする。ハザードが2回点滅し、俺たちの顔をうっすらと照らした。皆の表情には、好奇心に満ちている。
俺たちは歩き始めた。
夜の山道は、想像以上に暗く、静かだった。途中、携帯の電波が途切れる。
想像以上に村は荒れていた。崩れかけた家屋、雑草に
入ってすぐ、ミサが興奮気味に赤い手形を見つけてはしゃぎだした。「噂どおりだ」「ホントに右手ばっかりなんだね」と。
そんなミサを横目に、俺の視界にはスプレーで書かれた落書きや、不法投棄された冷蔵庫などの粗大ごみが飛び込んできた。少し拍子抜けする。
手形はペンキのようなものでスタンプしたもの、泥だらけの手を押し付けたものなど様々だった。かつては赤色だったが、今は茶色の方が強い、得体のしれないものもあった。すべて右手のみだが、大きさは赤ちゃんの手から俺の顔ほどのサイズまでまちまちだった。確かに不気味ではあるが、他の落書きやごみと比べると、どこか
だが、最初は一つ、二つだった手形が、奥へ進むにつれて、その数は増えていく。まるで、俺たちの進行を歓迎するかのように、手形が増えていく。
それが、誰かの
「これ、誰がやったんだろうね」ミサが言った。怖いというよりも感心したような口ぶり。「すごいよね」俺の後ろでユウが囁いた。こちらも無感動を通り越して無感情な声色だ。
ショウタは、懐中電灯を手に、周囲を照らしていた。その顔には、何かを堪えているような緊張があった。
言い出しっぺだったはずのレイは、黙って歩いていた。
(続く)
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