後夜祭にて(仮題)
蜜柑堂
後夜祭にて(仮題)
「あーあ、負けた負けた」俺はゲームコントローラーをベッドの上へ投げ出してそのままぶっ倒れる。
「弱いねぇ本当に。弱い弱い」とシンプルな罵倒が隣から飛んできた。同じくベッドに座っていた
謹慎開け間近の水曜放課後にいきなり俺の家にやってきたこいつは、来て早々ゲームしようだなんて言い始めた。
「生徒会副会長様は間近に迫った文化祭の用事があるのではないですか?」なんて言ってあいつを帰そうとしたけど「今日は休んだ」なんて言い返されて、さらには「昔みたいにマキちゃんって呼んでって言ったよね」と詰めてくる始末である。
「カズくんって昔から私に勝てないよね」
「うっせ。あとカズくんって呼ぶな」
「私の事もマキちゃんって言ってほしいんだけど」
「やだ」
「言いなさい」
「いーやーだ」
押し問答を続けているうちにあいつに頭を軽く叩かれる。
「じゃあ謹慎開けに提出する宿題とかの連絡はいらないってことで……」
「勘弁してくださいマキさん私が調子に乗りました」
「さん付けはいらない」
「ごめんなさいマキちゃん」
「よろしい」
麻紀に対して流れるような土下座を繰り出す。本当にこういう時にはこいつに頭が上がらない。勝負事でも駆け引きでもこいつに勝った試しが一度もない。思い出すとなんか泣けてきた。
麻紀は幼稚園の頃からの遊び相手だった。
皆の中じゃ一段大人びた印象だったが、同時にどこか儚げで浮ついていて、すぐに消えてしまいそうな同級生。幼稚園の頃なんて他の子が遊ぼうと言っても見向きもせずに一人で遊び続けていることが多かった。
小学校に入ってからは劇的に変わってみんなと積極的に関わっていくようになったけど。同時に容姿も奇麗になって注目を集めるようになっていった。
今では生徒会長の
「何、人の顔ぼんやり見て」
と、考え事をしていたら麻紀が俺に鋭い目線を向けている事に気づいた。
「いや、昔の事思い出してただけ」
「ブランコから飛んで足にヒビ入った時のこと?」
「それじゃねえよ」
「わかった、ジャングルジムのてっぺんから飛んで派手に怪我したときのことだ」
「それでもねえっつーの。つか何でその怪我のこと知ってんだよ」
あの時見てたの男子の一部くらいだったし、怪我の事もあんま口外しないよう頭を下げてたのに。校内で俺のけがについての噂とか聞かなかったはずなのになー!
「お母さんが言ってた」
あ、はい。ママネットワークですか。そりゃ俺が感知できないところですね。
「うちの母ちゃん口軽いからなー。もっと他の人に言わんように注意させときゃよかった」
天を仰いで頭の中で母ちゃんの顔を思い浮かべる。脳内の柔和で温厚そうな女性の顔が人を嘲笑う悪魔の笑顔の様に見えてきた。拝啓、お母さん。あなたのお陰で僕の恥ずかしエピソードは友達に丸見えです。末代まで恨みます。
「ほんっと、カズくんって昔からやんちゃって言うか……頭より先に手足が動くって言うか……正直ね、カズくんが天童先輩を殴って謹慎になった時は『あぁ、ついにやってしまいましたか』って思ったよ」
「それ犯罪犯して逮捕された奴の隣人がインタビュー受けた時に言うやつじゃねーか」
「逮捕はされてないけど暴力沙汰起こして謹慎は食らったじゃん」
「まあ、それはそうなんですが……」
「というか、あの天童先輩を殴るってすごいね。皆から総スカン食らうんじゃない?」
「いや、殴った時の事覚えてねーんだよ。むしゃくしゃしてやったって感じ」
嘘と事実を織り交ぜて真実から遠ざける。俺が本当のことを話したくない時によく取る手法だ。
実際の所、むしゃくしゃしてやったことは本当である。ただ、完全に覚えてない、というわけではない。一部ははっきり覚えている。
天童吉史は容姿美麗、八方美人、文武両道と完璧超人という文字を体言したような人間である。が、事に恋愛事になるとまた事情が違った。一ヵ月で付き合う相手をコロコロと変えているのだ。酷い時は二週間で破局している。そして付き合った相手は皆、口をそろえて「自分から別れを切り出した。天童先輩は悪くない」と言う。
気になった。邪な考えではあるが、完璧超人の弱点があるならばそれを知りたいと考えた。
調査した結果を端的に言おう。天童吉史は色狂いだ。
女をすけこましてはすぐに飽きて捨てるというル―ティンを繰り返していた。ソッチ系の仲間もいるらしく、夜に繁華街で会っているところも目撃して写真を撮った。
写真? 現像する暇がなかった。というか、写真を撮った日に俺は暴力沙汰を起こしたから。
これは麻紀にも言えない理由がある。
何せ、次のあいつらのターゲットが麻紀だったから。
写真を撮って帰ろうとしたとき、耳にした。
「天童、次誰堕とすか決めてんの?」
「んー、ウチの生徒会の副会長がさぁこれまた美人でさ。こいつにしようかなー」
「写真見せろよ。うわすっげ!」
「こんな美人がベッドの上でヨガり狂うの想像すると興奮すんなぁ」
聞くに堪えない下劣な会話だった。取調室で差し出された俺のスマホにヒビが入っていたのを見るあたり、録音している途中で俺がキレて画面を割ったらしい。
とにかく、聞いていられなくなってあいつらに襲い掛かって乱闘を繰り広げた。
特に天童に関してはその鼻っ面を派手に折ってやるくらい殴りつけた。俺の方も殴られて全治1ヵ月にはなったが。
これが夏休みの終わり際に起きた出来事である。
休み明け直後、入院中の俺に届いたのが謹慎処分の書類。丁度文化祭1日目までの期間、自宅にいろとのお達しであった。
家にいて思った。まあやることがない。
日がな自分の飯作る時以外はゲームか本か終わってなかった夏休みの宿題に手を付けていた。そもそも夏休みが終わってるのに休みの宿題に手を付けてるのは甚だおかしい話ではあるが。
宿題もまあ全部穴埋めて、あとは謹慎開けを待つだけという時に、麻紀がやってきたのだ。
「天童先輩が木乃伊みたいに頭を包帯で巻いた状態で来た時びっくりしたわ。言葉話すときもモゴモゴみたいな喋り方で筆談が多くなったし。最近包帯とれても前みたいな面じゃないなーって声もちょっと聞こえてきてさ」
「へえ。あいつの顔も崩れる事あるんだな」
天童の近状を聞いて俺はしめしめと思った。どうやら目論見通り、あいつの顔面を醜くすることには成功したらしい。
「そういや文化祭って俺のクラス何やるか聞いてる?」
「お化け屋敷。でもあんた参加しなくていいとか聞いたけど」
「え、マジ?」
「というか若干避けられてるよ皆に」
「まあ、あんなことしちゃ避けられるのもしゃあねえよな。じゃあ俺文化祭不参加ってことで」
「それは私が許さない」
「許してくれよ」
「後夜祭の後に説教するから」
「これは説教じゃねえってのかよ」
「これはいつもの会話じゃん。改めて説教するから」
そんな会話を繰り広げていると、窓の外から音楽が聞こえてきた。午後6時を知らせるメロディーがスピーカーから流れていた。
じゃ私帰るわ、と麻紀が荷物を持って立ち上がる。
「それと、サボらず文化祭には来ること。わかった?」
俺は彼女に向かって「ハイ」としか言えなかった。
◇
文化祭二日目。案の定何もすることがなかったのでぶらぶらしたりサボったりズル寝したりして結局後夜祭の時間まで残ってしまった。
時間的に言えば今は軽音楽部が演奏している時間帯。
多分麻紀は体育館で後夜祭の進行を手伝っているだろうから離れられないだろう。
やっぱ抜け出そうかなーって思いながら校内を移動していると、天童が誰かと電話しているのを見つけた。
「うん、うん。大丈夫だって。絶対引っ掛けてヤっから」
どうやら前に見た仲間と話しているようだ。相変わらず下品な内容だった。
「折笠はカタブツに見えっけど実際は多分ヤワだぜ。後夜祭最後の告白ショーでコクればイチコロよ。そっちも勝鬨上げる準備しといてね、じゃ」
そこそこな早口でまくしたてて電話を切る天童。その足は体育館の方へと向かっていた。
「俺はやるぞ俺はやるぞ俺はやるぞあいつに鼻折られてもまだ顔は許容範囲だイケルイケルイケル」
なんてブツブツ呪詛のような言葉を吐きながら。
ヤバイ……というか、なんか病的な方向に行ってないかあれは。
あいつと接触しないよう麻紀に言わなきゃ。
◇
無理でした。門前払いされました。
忙しいからどっか言ってと言われました。取りつく島もありませんでした。
「あぁー、どうしよ……」
なのでこうやって体育館の隅の方でしょんぼりしてます。
時間は18時半を過ぎて最後のショー、『告白タイム』がやってきた。
我が校伝統の出し物。出演希望の中から抽選で選ばれた人が壇上で告白するというもの。何だこの罰ゲーム。
今も壇上では男子生徒が女子生徒に向かって、好きだー! なんてやっている。
「ハズくて俺には絶対できないよあんな真似」
ぼんやり眺めていると、壇上へ天童が上がっていくのが見えた。
周りの歓声が大きくなって囃し立てている。
「では天童君、告白をどうぞ!」
なんて、司会もノリノリで天童にマイクを渡す。あ、隣に仏頂面の麻紀が立ってる。
「えーまあ、緊張すると言葉が思いつかなくて……長々引っ張るつもりないんで。バッサリ行きたいと思います。折笠真紀さん!」
名前を叫ぶと同時に天童の身体がくるっと麻紀の方を向いた。
「好きです! 付き合ってください!」
シンプルな内容だった。いやシンプルすぎるとも言える。
天童って言えば何もしなくても女が寄ってくる人間だぞ? そんな奴がこんなにシンプルな言い回しでいいのか?
「天童先輩」
と、別のマイクから声が入ってきた。
麻紀だった。視界からマイクを奪って自分の手に持っている。
「その告白、謹んで辞退します」と、目の前で言い切った。
「ああ、それと。私も告白したいことがあるので。退いてもらっていいですか」
さらに追い打ちをかけて天童を舞台袖へと押しやる。下から見ててもよくわかるくらい天童の様子はおかしくなっていた。いつものさわやかオーラは消え失せ、どんよりした空気を纏わせて退場していった。
司会はしどろもどろになりながらも麻紀に発表の順番を回す。
「私にも好きな人がいます。今からその人に告白します」
麻紀は壇上から辺りを見回すと、話し始めた。
「その人は時に無邪気で時に怠惰で、他人の事を思いやる癖に自分を鑑みることはありません。でも、彼といると自分の本音を曝け出して甘えられる。家のような安心感がある。離れたくないという想いがある。ずっと、ずっと想っていました」
言葉は紡がれ、会場に広がっていく。
……いや、ちょっと待てよ。ずっと想ってたって言ってなかったか? ずっと、なんて。そんな長い間あいつと親しい人、俺以外にいたっけ?
と、考えていた時。
「2年F組、
俺の名前を叫んで、指差してきた。
視線が一気にこちらへ向けられる。ザワッとしたどよめきが広がる。
――あ、あの顔だ。
俺を嵌めた時に見せるニヤケ顔。壇上の麻紀は頬を赤らめながらもニヤっと笑い、一言。
「貴方を、愛しています」
めのまえが、まっしろになった。
後夜祭にて(仮題) 蜜柑堂 @Kerog_2480
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