かつあげババア

sora_kumo

かつあげババア

 青空に太く白い煙が登っていく様を親父と二人で眺めながら煙草をふかす。


「あ~……、やっとババアの取立てがなくなる」


 煙草の煙と一緒に安堵のため息をつく。


「……ああ、そうだな」


 親父は俺の言葉に相づちを打つと、ゴソゴソと礼服の懐から出した封筒を、ポンッと投げて寄こす。


「何だよ?」


 訝しつつ封筒を開けると、1冊の通帳と印鑑が出てきた。


 通帳の名義は俺の名前だ。


「ばあさんが、お前が生まれた時から預金してた通帳だ。生まれてすぐ、有無を言わさず口座を作らされたよ」


 その時を思い出したのか、ハハッと父親は静かに笑う。


 パラパラと確認すると、普通預金だけでなく定期預金もあった。


「……なんで?」


 幼い頃に両親が離婚し、父方の祖母の家で過ごしていたが、祖母からの愛情を感じた事がほとんどない。

 祖母の笑った顔なんて見たことがあっただろうか?


 小学生時代にいじめられ、泣いて帰れば、慰めるどころか、襟首を持って外に引き摺られ、

「やり返して来ないなら、家には入れない!」と家を閉め出された。


 中学生の時には不良仲間と警察のご厄介になったことがある。

 そこへ祖母は傘を持って現れ、しこたま俺を傘でぶった。

 慌てた警察官数人に祖母は取り押さえられ、もうどちらがご厄介になったのか分からなかった。

 そんなこんなで、メンタルは随分と鍛えられたものだ。


 高校卒業後、就職が決まり家を出る時には、

「今までの迷惑料を毎月送りな。送らなかったら会社まで取り立てに行くからね」

と脅され、祖母ならやりかねない、と安月給から言われた額を送金していた。


 何年にも渡るその取り立てが、祖母の死でやっと無くなるのだ、と今まさにホッとしたところだった。


「ばあさん、母親がいなくなってメソメソ泣くお前を見て、そんじょそこらの事でへこたれない男にしようとしてたからな」


 苦笑しながら父親は話を続ける。


「お前は知らないだろうけど、いじめっ子の家に乗り込むわ、お前に絡んでいた悪い奴らには、か弱い老人のふりして警察を動かすわ、ホント、その後の俺がどれだけ大変だったか……」


 父親はため息と共に、プカーッと煙を空へ吐く。


「自分自身も金で苦労した経験があるからだろうな。死んだじいさんも碌な男じゃなかったし。『結婚にせよ、仕事にせよ、何をやるにも金がいる。あの子の軍資金だ』って、笑って言ってたぞ。喝上げみたいな事して、お前からの金は全部預金に入れてさ。本当、不器用な人だよ」


 指先に挟んだままの煙草の灰が、ポトッと革靴の側に落ちた―――と同時に、開いたままの通帳に雫が落ちる。


「……そんなの……言わないと分かんねえよ……」


 父親はチラッと見て笑う。


「死ぬ前にお前に知らせようとしたら、『あの子、泣くからやめな!』ってさ。ばあさんの言ってた通りだな」


『男がメソメソすんじゃないよ!』


 祖母の大きな声が聞こえた気がして、目に力を入れ、既に細く消えそうになった煙を仰ぎ見る。


「泣いてなんかねぇよっ! ババアッ!」


 祖母の満足そうな笑顔が見えた気がした。

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