婚約破棄は愛の味

水神流文筆道開祖

婚約破棄は愛の味

「貴様との婚約を破棄する!」


 絵に描いたような金髪碧眼の王子が、私との婚約破棄を宣言した。

 王立学院の卒業式、黒い礼服の王子が鋭い眼差しで私を睨む。

 王子の隣に立つ桃色髪の美少女が、白磁のような肌を青ざめさせていた。

 腰まで伸びた私の黒髪が微かに震え、豪奢な白いドレスが血涙を流す。

 黒い瞳で王子を見据える。深呼吸をしてから言葉を発した。


「なぜ?」

「なぜだと? 貴様、周りを見てみよ!」


 王子が私を指差し激昂する。

 あらあら、おいたが過ぎたかしら?

 周りを睥睨する私に王子は続けて言った。


「殺しすぎだろ……」


 死屍累々、私の周りに築かれた屍の山。

 貴族、騎士、王妃、国王、公爵令嬢の私を苦しめ続けた愚か者共の成れの果て。

 右手の剣には大量の血が滴り、刃を赤く染め上げていた。


「守護する者はもういませんわ。王子、お覚悟はよろしくて?」


 剣を両手で構え直す。中段の構え。柄の感触を確かめ、気を引き締めた。

 殺気を放ち王子を睨む。抜け。長年の決着をつけましょう? この腐れ縁に。


「冥土の土産は必要か?」


 王子が腰に佩いた剣を抜く。馬鹿げた問いに口角が僅かに上がった。


「地獄に行くのに手土産が必要かしら?」


 王子に最後の言葉を贈る。もはや私たちに言葉は必要なかった。

 王子の姿が揺らぐ。否ッ!? 無拍子! 王子が鋭く踏み込み間合いを詰める!


 剣戟!! 金属音が木霊し刃が交差する!!


 王子の十八番、鍔迫り合い。私の剣ごと押し潰すように王子の剣が体に迫る。

 二人は幼馴染、剣の稽古を共にした仲――


 傷の手当てをしてくれた温かい白い手。

 一緒に星を見た庭園で繋いでくれたね。

 触れる指先が、私の涙を拭い、微笑む。

 幼い頃の記憶、流れる走馬灯、二人は。


 ――剣と剣、死線を分かち合う。なぜ?

 あんなに一緒だったのに……止まぬ剣戟、二人で積み上げた思い出を切り崩して何を求め殺し合う? 逡巡する暇すらない。ただただ私たちは傷つけあった。

 掠める刃、薄皮を斬り裂き、二人を彩る。

 王子の剣を味わい尽くした私の剣が、導かれるように上段へと構え直される。

 雄叫びと共に全身全霊で剣を振り下ろす! 受けた剣ごと王子を斬り伏せた。


 絶命した王子を見下ろす。私の目から涙が一筋流れ落ちた。


 剣の血を払い、桃色髪の美少女に微笑む。この身を寄せ、その頬に触れる。


「ああ、愛しき人よ……」


 黒いドレスの彼女を抱きしめると、白肌に咲く二人の唇が重なり合った。

 彼女の翡翠色の瞳から涙が流れる。屍山血河の中で甘い吐息を響かせた。

 全てはあなたのために……私たちが結ばれるにはこうするしかなかった。

 私は公爵令嬢。王位継承権を持っている。反乱は成功し私が女王となる。

 同性愛を禁ずるこの世界を一緒に壊そう。二人で共に愛を味わうために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄は愛の味 水神流文筆道開祖 @minakami_ryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画