魔法少女のやり残し Actors

るる

第1章:失われていた私

第1話:閉ざされた過去

「ああ……やっぱりあなたには生きててもらわないと……」


 誰の声だったか、どんな顔だったかも思い出せない。

 私の脳裏にこびりついているその声は、暗闇の中に居た私の意識を覚醒させた。


「ここは……」


 目を覚ました私が居たのは自室だった。少なくとも私自身が記憶している最古の記憶に出てくる場所だ。私はここに住んでいたはずだ。

 しかし私の頭の中はまるで霧が掛かったようにぼんやりとしていた。自分の名前も両親と住んでいたことも覚えているのだが、それ以外が何も思い出せない。

 私はどんな喋り方をして、誰と友達で、どんなものが好きだったのか。頭の中を探ってみても『私』に関する情報が見つからない。


江州乃えすの……江州乃えすの 公安きみあ。そのはず」


 両親が名付けてくれたはずの名前を復唱し、自分が何者なのかを確かめる。

 しっくりと来るその名前は、やはりそれが私を私自身だと教えてくれたが、それ以外のことは相変わらずどこにも見当たらなかった。

 自身に何かが起こっている事は確かだが、それが何なのかは分からない。記憶が無いのが異常な事だとは分かるが、どこからどこまでが異常なのか分からずモヤモヤしてしまう。

 そんな中、外から私を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのない声だったが、その呼びかけ方から考えて、私の知り合いなのは間違いなさそうだ。


公安きみあー! ねぇ、公安ー!」


 カーテンを開けて窓から下を見てみると、我が家の敷地内にある門から続く庭に一人の少女が立っていた。

 少女はウェーブのかかった長い髪を揺らし、不安げな表情でこちらを呼んでいる。制服を着て鞄を下げているということは、彼女と私は学生ということでいいのだろうか。


「公安!」


 少女は窓から見ていたこちらに気が付いたのか、少しだけ安心したような表情をするとドアを開けてほしいと伝えてきた。

 本来であれば知らない人間を家に入れるような事はしてはいけないと思うが、何故か家の中のどこを探しても両親が見当たらないため、仕方なく階下へ降りドアを開けることにした。


「良かった……学校来ないから何かあったんじゃないかって……」

「……あなたは?」

「は? なに寝ぼけたこと言ってんのよ。冗談にしてはやりすぎじゃない? 制服まで着て。お寝坊?」


 やはりその反応を見るに彼女は知り合いなのだろう。下手に隠しても記憶が無いことはバレるかもしれない。

 そこで私は自分が置かれている状況を正直に話し、私がどんな人間なのか、何故記憶を失っているのか、何か知らないかを聞いてみることにした。


「本当にごめんなさい。少し聞きたいことがあって」

「なに?」

「私……江州乃 公安で合ってるよね?」

「この辺じゃあんたくらいでしょ、こんな豪邸住んでるの。ホント冗談過ぎるって……」

「父も母も見当たらなくて……あなた、何か知ってそうだから」


 それを聞いた少女はハッとした表情をすると、こちらを押すようにズンズンと家の中に入ってくると、私の部屋に案内するように言ってきた。

 自室に行くまでの間にスマホで学校らしき場所に欠席の連絡をし、部屋に着くと私をベッドへと座らせた。

 少女はカーペットの敷かれた床に座ると、こちらを真剣な表情で見つめながら話し始めた。


「まず、名前から。あたしは千屋風ちやかぜ りん

「千屋風さん」

「あんたは『凛』って呼んでた。前からね」


 凛によると、私は彼女と同じ高校に通っており、部活も二人で演劇部に入っているらしい。

 私はここ数日学校を欠席し続けていたらしく、連絡がつかない状態だったという。

 言われて勉強机の上に置かれていた自分のスマホを見てみると、そこには加々見かがみ高校と凛からの着信が何度も続いていた。彼女が言うように、私は何故か連絡を無視していたようだ。


「お父さん達には連絡は……」

「……そこなんだけど、公安。落ち着いて聞いて。冷静に」


 凛は少し口籠った後、小さく息を吐いて言葉を続けた。


「おじさんとおばさんは……亡くなってる」

「……?」

「1年前、丁度あたし達が総合文化祭の演劇コンクールで優勝した年」

「え……?」

「あたしも又聞きだけど、公安はおじさん達と旅行に行ってたのよ。あなたがあたしに話してたんだから間違いない」


 凛によると、私達一家はコンクール優勝祝いに列車に乗って旅行に行ったらしい。しかしその列車は山間部を走っている最中に脱線事故を起こし、それによって多くの人が亡くなったのだという。その中には、両親も含まれていた。


「偶然ニュースで聞いて、慌ててあんたに電話してもかからなくて……」

「私は……」

「公安が入院したって聞いたのは2日後だったわ。親戚が他にいなかったらしくて、それで電話帳に登録されてたあたしに来たみたい」


 事故に巻き込まれた私は、病院へと運び込まれたもののすぐには意識が戻らなかったそうだ。全く思い出せないため自覚は無いが、半年は眠っていたのだという。

 そこから半年後、目を覚ました私は冬頃になって久しぶりに学校に顔を見せ、それまでの生活に戻っていったそうだが、そんな中で急に不登校になったことで凛は心配して来てくれたのだ。


「事情は聞いてたから、不登校になるのは仕方ないとは思ってた。でもあんたはそれまでは、事故なんて無かったみたいにいつも通りにしてた」

「そうなの……?」

「ええ。それどころか、いつだったかはやけに機嫌がいい日もあった」


 凛の話しぶりからすると、事故の後も特に記憶を失ってはいなかったのだろう。しかし何故か今は名前や家族のこと以外は何も出てこない。

 私の自分の置かれている状況の深刻さに困惑していると、凛は座ったまま私の右手を掴むと両手で包み込んだ。


「公安、あんた何があったのよ? 落ち込んでたりはあったけど、記憶喪失にはなってなかったわ」

「そんなこと言われても私も……」

「ねぇ、ホントは何か覚えてるんじゃないの? ホントのホントに……あたしのことも覚えてないわけ?」


 凛はまるで縋り付くように迫ってきた。

 私が想像していた以上に、私と凛は近しい関係だったのかもしれない。スマホに連絡先が登録してあったということは、赤の他人では確実に無いだろう。


「初めて会った日のことも。一緒に主演になったあの劇も。初めて公安と遊んだ日のことも! 初めてあたしを、認めてくれたことも……」

「ごめんなさい……悪いけど、知ってることを教えて――」

「っ!」


 私が言い終わる前に、凛は勢いよく立ち上がると部屋から出て行ってしまった。その後玄関が閉まる音が聞こえたため外を見てみると、凛は鞄を置いたまま敷地から走り去っていった。


「凛……? 待って……」


 私は素人目に見ても彼女の様子がおかしかったことが気になり、急いで後を追って家から飛び出した。

 町には私の知らない景色だらけだった。

 恐らくこれまで住んでいたであろう町だが、立ち並ぶ店にはどれも見覚えが無く、道行く人々も知らない顔だらけだ。

 私はこれまで本当にここに住んでいたのか不安に感じるほど、町に関する一切の記憶が浮かんでこない。両親の記憶はあるというのに、その両親と過ごしたはずの思い出があるはずの居場所の記憶が空っぽだった。


「あ、あのすみません」

「あら、江州乃さんのところの。どうしたのこんな時間に? 学校は?」

「いえ、あの……えっと、凛。凛を見ませんでしたか?」

「凛……ああ、千屋風さんのところの。だったら、さっきそこの路地に入って行ったけど……何かあったの?」

「いえ……ありがとうございます」


 商店街で店を並べている八百屋の女性からそう教えてもらった私は、またしても見覚えの無い路地裏へと足を踏み入れた。

 その路地は他にどこにも繋がっていない一本道になっており、奥には古びたビルだけがポツンと建っている。ビルへの入り口はエレベーターだけになっており、周辺には立ち入りを拒むように工事用フェンスが立ち並んでいた。


「他は……無さそうか」


 隠れられそうな場所がどこにも見当たらないため、八百屋の女性が言っていたように凛はここに駆け込んだのだろう。

 何も分からない私には、今は彼女を追うしかない。事故のことも私のことも、何故全て忘れてしまったのか、知らなくてはいけないことが沢山ある。そしてあの夢の中で聞いた妙に現実味のある声も、ただの夢とは思えない。


「行こう……」


 上行きのボタンを押しエレベーターへと乗り込んだ私は、ゆっくりと昇り始めたエレベーターの中でしばらく待つことになった。

 記憶が怪しい私がそう思うのもおかしいかもしれないが、エレベーターにしては妙に昇るのが遅いように感じた。2階から順番に探していく予定だったのだが、やけに2階に着くのが遅いのだ。


「!」


 そんな風に感じていると、やがてチーンと音が響き、ドアが開いた。

 目の前には薄暗い廊下が伸びていた。天井には電灯が点いており、電灯が切れかけているという感じではなく、意図的にこの暗さになるように調整されているのを感じる。

 エレベーターから足を踏み出して壁を見てみると、何かのポスターのようなものが貼られている。そのポスターには凛によく似た少女が描かれており、どこか愁いを帯びた表情をしている。


「映画館……?」


 外観とは真逆に今でも人の手が入っているような光景に困惑していると、突然廊下の奥から奇妙な存在がこちらへと向かってきた。

 袋を思わせるような胴体から二本のずんぐりした腕が生えており、フードのような形をした頭部には水晶玉のようなものが浮遊している。

 記憶を失った私ですら分かる、この世のものではない異様な風貌だった。


「な、何っ……!?」


 その怪物が今まさにこちらに飛び掛からんとしたその時、突如として私の右手首から眩い光が放たれた。

 すると私が先程まで着ていた制服は消え、代わりに白と黒を基調にしたドレスのような服が代わりに姿を現した。更に右手にはいつの間にかステッキのようなものが握られており、私の体はまるで覚えていたかのように反射的に動き、ステッキで怪物を殴り飛ばした。


「これは……この感じ、どこかで……」


 あの夢で聞いた言葉、あれに感じた奇妙な現実感。それは今のこの私の服装と、そこから湧き上がる不思議な力にも感じた。

 私は、この力をどこかで知っている。今みたいに怪物をステッキで殴り飛ばすのは初めてではない。一体どこで手に入れ、この力で何をしていたのだろうか。

 それを知るためには凛にもっと話を聞き、私が以前何をしていたのかを詳しく知らなければならない。


「行かないと」


 私は直感的に感じた力の使い方を確かめるため、起き上がろうとしている怪物へと一気に接近すると、ステッキの持ち手側を相手に接触させた。

 怪物はズズズっと二つに分裂し、その内の片方を持ち手に引っ掛けて投げ飛ばすと、残ったもう一体をそこ目掛けて続けて投げる。二体は衝突すると塵のようになって消滅し、私の前から姿を消した。


「複製。そうだ、確か複製させて、そしたら硬度とかも等分されて……」


 頭が痛む。力の使い方が正解だと示すかのように、じくじくと脳の奥が訴えてくる。

 前の私はこの力を一度や二度では済まないくらい使っていた気がする。その目的が何だったのかは分からないが、少なくともこの奇妙なビルを進んでいくのに必要になるのは間違いないだろう。


「凛……追いつかないと」


 こうして薄っすらと力の使い方を思い出した私は、ここに駆け込んだらしい凛を探すために薄暗い道を進んでいくことにした。

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