第39話 風竜剣という切り札
遺跡の発掘から半年近くが過ぎた頃、魔族軍は悪質なゲリラ戦を開始した。
奴らはいつの間にか王国内に幾つもの拠点を作りあげていて、多くの町や村を襲い始めたのだ。 ゲリラは大量の魔獣を放って家畜や住民を皆殺しにするので、王国民は恐怖に震えあがっている。
その上、奴らは王国内の主要な街道を破壊して交通を分断するという暴挙にでた。
おかげで物流や商業が大きな打撃を受けて、王国経済は瀕死の状態に陥っている。
国王陛下はゲリラ討伐を命じたが、奴らは神出鬼没で国のいたる所に現れて魔獣を放つものだから、王国軍の兵士だけでは手が回らなくなった。
おかげで国中の冒険者が招集されて、ゲリラが放った魔獣の討伐任務についた。
洞窟でアーティファクトを使った戦闘訓練に励んでいた騎士たちも、僕たち勇者パーティーと共に戦闘機を駆って魔獣討伐に参加している。
ゲリラは疫病神だ。いつどこに出没するか分からないので、こちらから先手で動くことができない。後追いで現場に駆けつけても既に魔族軍の姿はなく、暴れ回る魔獣を討伐するので精一杯という有様で、ほとんど戦果が上がらない。
この効率の悪い戦いを強いられて、味方は日々消耗していくばかりだ。
「このまま魔族軍のゲリラを討伐できなかったら、遠からずこの国は滅びるぞ」
「その通りね。王国の民を守るためには、今が決断すべき時だわ。ゲリラの元凶をつぶしにいくわよ」
事態を憂いてぼやいていると、ウェンディが物騒なことを言い出した。
「まさか、魔王を討伐しに行くなんて言わないよね⁉」
「それ以外に、ゲリラを排除する方法がある?」
「――――。いや、それしかなさそうだけど、魔族国に侵攻するのは至難の業だぞ」
「アーティファクトを総動員して討伐部隊を組めば、何とかなると思うの」
なるほど、王国各地で戦っている戦闘機を回収して、ホールに温存している大型砲台や各種の機体を加えれば、本格的な戦闘部隊を作ることは可能だろう。
しかし、アーティファクトの威力をもってしても、現実に魔族国に侵攻するのは無謀だと言わざるを得ない。
「現時点では魔族国に関する情報はないに等しい。魔族国に通じる道がどこにあるのかも分からないし、魔王がいつどこにいるのかも調べようがない。敵兵力の規模もつかめていないから、危険な賭けになるのは間違いない」
「こちらが魔族国に攻め込めば、魔王は防衛のために魔王城にこもるはずよ。アランのファイアーボムとアーティファクトの戦力があれば、魔王城を攻略して魔王を討伐できる可能性は十分にあると思うわ」
「なるほど。それで、その魔王城ってのはどこにあるんだ?」
「魔王城は魔都にあると聞いているわ。魔都の所在地は、魔族国に入れば見つける手がかりぐらいあるはずよ」
「そうですよ! 行けば何とかなりますって。いよいよアーティファクトの実力を見せる時が来ましたね!」
ベルが嬉しそうに拳を胸に当てる。彼女はリリアとともに戦闘機のパイロットとして、ゲリラが放った魔獣の討伐に成果をあげているから腕が鳴るのだろう。
もっとも彼女の射撃は、実戦では狙いが大ざっぱで命中率が今一つだから、もう少し訓練が必要なのだが。
その点リリアは、実戦でも冷静で正確な射撃ができているから命中率が高くて、十分に戦力になっている。
「そんな出たとこ勝負の作戦で、国王陛下の許可が下りるかな」
王国の惨状は身に染みているものの、ウェンディがこんなにリスキーな作戦に出るのは賛成しかねる。危険な賭けどころか、魔王を見つける前に討ちとられる確率は非常に高いと考えられる。少数部隊で敵地に乗り込むというのは、それほど危険なことなのだ。
それに、ゲリラ対応で消耗している今の王国軍から戦闘機を引き抜くと、かなりの痛手になってしまう。魔獣討伐に手が回らなくなって、民の被害が拡大するのは間違いない。
それを国王陛下がどう判断されるかだが、民の安全を最優先に考えるなら、成功する確率が低い作戦にアーティファクトを投入することはないはずだ。
ところがウェンディがこの作戦を提案すると、驚いたことに国王陛下はそれ承認し、彼女にアーティファクト部隊を編制して魔王討伐を行うようにと命じた。
国王陛下は、一時的に国内の被害が拡大するとしても、ゲリラを駆逐できる唯一の可能性に賭けたということだ。
不本意ではあるが、国王陛下の苦渋の決断であるなら、僕も魔王討伐に力を尽くすしかあるまい。
アーティファクト部隊は、勇者パーティーと王宮騎士団とで構成されることになった。
部隊の総指揮官はウェンディだが、そのサポート役として王宮騎士団をまとめるのはアーネスト侯爵だ。
王宮は魔族戦で多くの実績をあげているウェンディをアーティファクト部隊の総指揮官に選んだ。しかし、騎士団の実務的な指揮は、経験豊富なアーネスト侯爵に任せるのが妥当だと判断したようだ。
その決定にウェンディも僕も異存はない。騎士団を手足のように動かせるのは、騎士団長であるアーネスト侯爵以外にいないからだ。
アーネスト侯爵と騎士たちは、アーティファクトのホールで半年間の訓練を受けたあと、魔獣討伐で実戦経験を重ねたおかげで、すっかり機体の扱いになれていた。今では光線砲のパワーを存分に引き出して、大型魔獣を瞬殺できるまでになっている。
魔族国に侵攻するアーティファクト部隊は百三十機で構成する。
その内訳は戦闘機が百機、大型砲台が二十機と、燃料補給機・救護機・重機が合わせて十機だ。万人単位で攻めてくる魔族軍の規模と比べれば少数ではあるが、攻撃力では十分に対抗できるはずだ。そこに僕のファイアーボムが加われば、魔王討伐も不可能ではないかもしれない。
アーネスト侯爵と僕たち四人は、アーティファクトのホールで円卓を囲みながら侵攻計画を練った。ちなみに、フラムもホールの外から念話で参加している。
侵攻ルートとして目をつけたのは、魔王が大軍を率いて侵攻してきたあの東部山脈の地割れだ。斥候の報告によると、地割れから続く洞窟の道は今でも魔族国まで伸びていて、アーティファクト二、三機が横に並んで通れるほどの道幅が維持されているそうだ。
「それなら余裕で下まで行けそうだな」
「そうね。敵の待ち伏せがなければだけど」
「奇襲はありそうですぞ。洞窟に軍隊が侵入すると警報が鳴る仕掛けぐらいは設置しているはずですからな」
「洞窟の中で奇襲されると、逃げ場がないから圧倒的に不利だな」
「ええ、少しでも早く察知して手を打たないと、全滅しかねないわ。事前に敵の動きをつかめたらいいのだけど」
「改良した探知魔法を広範囲に展開しておくのはどうだ。それなら敵が遠くにいるうちに動きをつかめるんじゃないか?」
「探知魔法を広範囲に長時間展開していると、魔力の消費量が大変なものになるわ。いざという時に必要な魔力を確保できなくなるリスクがあるから避けるべきね。それに向こうの干渉魔法もレベルアップしているはずたから、探知の信頼性は高いとは言えないわね」
「となると、ベルの臭覚とリリアの聴覚に頼ることになるが、やってくれるか?」
「もちろんです! ご期待に添えるように頑張ります」
「わ、わたしも、せ、精一杯、耳をすませます」
二人には負担をかけるが、現状では頼らざるを得ない。
『あの、僕は洞窟に入るのは無理そうですけど』
「そうだな。フラムは僕のシャドーストレージで運ぼうか」
「私もそれがいいと思うわ。アランと一緒にいれば攻撃の幅を広げやすいもの」
結局、魔族国への侵攻ルートは東部山脈の地割れにある洞窟を利用することに決まり、フラムは僕のシャドーストレージで運ぶことになった。
「ねえ、これを見て!」
ホールでアーティファクトの侵攻準備を進めていたある日のこと、ウェンディは一本の剣を僕たちに見せた。
「おう、いい剣だな。頑丈で切れ味も良さそうだ」
「ほんとですね! 匠が鍛えあげた業物ですか?」
「そうなの。でもこの剣はね、見かけよりも凄いのよ。ベル、試してみる?」
「はい。是非とも‼」
嬉しそうに口角をあげるベルに、ウェンディは剣を手渡した。
「思ったよりも軽いですね。特殊な鋼を使っているんですか?」
「分かる? 少しだけ贅沢をしてみたの。でも遠慮なく試していいからね。そこに鋼鉄製の大樽があるでしょ。それをかすめるように振ってみて」
「了解です。かすめるだけですね」
ベルは大樽に近寄ると全力で剣を振り、その切っ先は鋼鉄製の大樽をかすめて空を切った。だが剣が大樽に接近するわずか手前で、剣身から銀色に輝く小さな竜が飛び出して鋼板に噛みつき、剣を振り終えるまでの一瞬で、その側面に大穴をあけていた。
「なんだ、これは⁉」
思わず叫んでしまう。
「驚いた? 風魔法で銀竜を作って剣に封じてみたの。攻撃対象に切っ先が接近すると、剣身から銀竜が飛び出して相手を食い破るのよ」
「凄いな。こんなの初めて見たぞ」
「す、すてきです。わ、私も試してみたいです」
リリアがワクワクしながら剣を眺めている。
「いいわよ。もう一本あるからこれを使いなさい。今度は隣の樽を突き刺してみて」
「は、はい。し、刺突します」
手渡された剣を軽やかに振って感触を確かめると、リリアはダッシユして鋼鉄の樽を突き刺した。
剣が鋼板を貫いた瞬間、樽は握りつぶされたかのように内側に収縮すると、あっという間に消滅してまった。
あとには風の銀竜が満足げな顔で浮かんでいたのだが、すぐにスルスルと剣身に潜り込んで行った。
「これって、銀竜が樽を食ったんだよな……」
あまりの光景に度肝を抜かれた。
「厳密に言えば、私のアイテムボックスの特殊な保管庫に転送しただけなんだけど、現象としてはそう見えるわね」
「こ、これは、き、規格外の名剣です」
「この剣があれば無敵ですよ! これ、私に貸してください!」
「わ、私も、これで戦いたいです」
ベルとリリアは、愛おしそうに剣を抱きしめている。まるで猫がマタタビを見つけた時のような執着ぶりだ。一流の剣士にとって、名剣は垂涎のマタタビなんだな。
「いいわよ。でも少しだけ待ってくれる? この剣は風の銀竜を起動すると大量の魔力を消費するから、一回使うごとに封入し直さないといけないの」
ウェンディは二人から剣を回収すると、手をかざして一心に魔力を込め始めた。
「つまり、この剣は実質的には一回使い切りってことだな。常用の武器としては使いものにならないけど、これだけの威力があれば魔王だって倒せるんじゃないか?」
「残念だけどそれは無理ね。銀竜は魔王を貫くことはできるけど、絶命させるまでの力はないの。この剣で受けた傷なんて、魔王は簡単に再生してしまうでしょうからね」
「ならどうしてこんな剣を作ったんだ?」
この剣があれば、次元魔法を使わずに魔王を倒せるかもと密かに期待したのだが、どうやらそう簡単ではないらしい。
「この剣を使って、私が次元魔法の間合いに入るための時間稼ぎをして欲しいの」
「時間稼ぎ?」
「前回の魔王との対決では、一方向からのみ攻めていたでしょ。だから、魔族兵の人壁に阻まれてしまったの。次は私とみんなが別々の方向から攻め込んで敵を混乱させ、最初に魔王に接近した人が、この剣を突き刺して離脱するの。そうすれば一時的にでも魔王の動きを封じられるから、私が間合いに入るまでの時間稼ぎができるという計算よ」
「良い作戦ですね! でも、銀竜は魔王のシールドを突破できるんですか?」
確かに、シールドを突破できなければ、作戦もただの絵に描いた餅でしかない。
「球形シールドは分厚いから突破するのは無理ね。アランのファイアーボムで無効化してもらうしかないわ。でも、パーソナルシールドなら条件付きで貫けるはずよ」
「条件って何だ?」
「私が剣に最大魔力を込めて、その上からアランが最大魔力を重ね掛けすることよ」
最大魔力とは、人が一度に出力できる最大の魔力量のことを言う。
魔力量が豊富な僕でも、一度に出力できるのはその二割ほどでしかない。
ただ例外はあって、魔力暴走を起こした時には、ストックしている魔力が一気に放出されてしまうのだ。大惨事を起こした魔法の失敗は、もれなくこのパターンだった。
「そ、それくらいの魔力があれば、貫けそうですね」
「何と言っても、アランさんの魔力は絶大ですから!」
本当にそれでパーソナルシールドを貫くことができるか疑問は残るが、可能性があるなら試して損はない。
「ここに私の最大魔力を込めた剣が四本あるから、アランも封入してくれる?」
ウェンディは魔力封入が終わった二本の横に、アイテムボックスから新たに二本の剣を取り出して並べた。
「分かった。魔力の重ね掛けだな。普通ならそんなに魔力を込めたら剣が自壊するけど、それに耐えられるだけの素材を匠に鍛えてもらったってことか」
「その通りよ。封入よろしくね」
四本の剣には、柄の装飾部分に小さな楕円形のプレートがあって、使用者である僕たちの名前がそれぞれ刻まれていた。
名前が刻まれたプレートは、込められた魔力量に応じて色が変わるようになっている。魔力封入を始める時には薄い黄色だったプレートが、最大魔力を込め終わると濃紺に変化していた。実戦の前に色味で残存魔力量を確認できれば、魔力不足のまま戦うリスクを減らせるから良い工夫だ。
四本の魔力封入が終わると、ウェンディは自分の名前が刻まれた剣を高く掲げた。
「この剣は、風竜剣と命名します!」
ウェンディは楽しそうに笑って、その剣をぐるりと回してみせた。
「風竜剣、とっても良い名前です!」
ベルも自分の剣を取って満足げに掲げてみせる。
「わ、私は、この剣をいただけて、か、感激です!」
普段は感情の起伏が少ないリリアだが、風竜剣を掲げて光にかざすと満面の笑みを浮かべて凝視している。その姿は凛として美しく、自分が生来の剣士であると主張しているかのようだった。
「あなたたち。その剣は一度しか使えないから、今すぐシャドーストレージに保管しておきなさい」
感無量の二人に、ウェンディが容赦のない指示をだす。
それは当然の指示なのだが、ベルとリリアはなごり惜しそうに風竜剣をシャドーストレージに収納した。
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