第27話 衝撃波 ~ 美少女をテイムしました

「今日は対岸に飛んで、衝撃波の訓練をするわよ」

 ウェンディの言葉に、ベルとリリアが真剣な表情でうなずく。

 魔族軍を壊滅させて湖畔の館に戻ってきた日、ベルとリリアはもっと戦闘力を上げる方法はないかとウェンディに相談した。

 魔王を取り逃がしたのは、自分達が力不足だったからだと責任を感じているようだ。

 この美少女剣士たちは謙虚で向上心が強い。


「剣の使い方については、私に教えられることは何もないわ。でも、そうね。衝撃波を身に付けておけば役に立つかもしれないわよ」

「衝撃波って、アランさんが近接戦闘で使っている魔法ですよね。魔力が低い私でも撃てるでしょうか」

「わ、私も。ま、魔力は低いです」

「衝撃波は消費魔力が少ないから問題ないわ。軽い衝撃波しか撃てなくても、剣と組み合わせて使えば十分に役立つはずよ」


 こうしてウェンディは、ベルとリリアに衝撃波を教えることになった。

 そして今日はその訓練日で、館の対岸に渡ることになっている。そこには練習にうってつけの林があるからだ。

「いつものようにリリアは私が運ぶから、ベルはお願いね」

「了解」


 ふと、リリアをおぶったら彼女の豊かなおっぱいが背中に当たるのかな、というよこしまな思いが頭をよぎる。それはきっと心地良いに違いない、などと不純な妄想に浸っていると、ウェンディがキッと僕をにらんでいる。

(心を読まれたか!)

ドキリとしたが、どうやらリリアの胸に見とれていたことがばれているようだ。


「ベル、いつものようにおんぶするぞ」

 慌ててベルに声をかけてごまかす。

「了解です!」

 ベルは亜麻色の太い尻尾を元気良く振りながら駆け寄ってきた。


 こいつは湖を飛ぶことにワクワクしているな。

 この様子だと、背中でやたらと動きまわるに違いない。

 それではバランスが崩れて危ないから、今にも飛びつこうとするベルを、手の平を向けて押しとどめた。


「ベル! おぶさる前に、絶対に僕の命令を聞くって約束しろ」

 飛び始めると動くなといっても聞かない奴だから、あらかじめ約束させておくほうが得策だろう。

「はい。ベルはアランさんの命令に従います」

 ベルは珍しくしおらしい表情になった。これなら約束も効果があるかもしれない。

「よし!」

 満足してそう答えると、手の平にチリリと痛覚が走った。


 何だろうと、手の平をまじまじと見つめる。今の痛覚は、何か魔法的なものだったような気がするが、手の平には何も変わったところがない。

 首をひねってはみたものの、そんな現象が起こるような魔法は使った覚えがないから、気のせいだったのだろう。


「ベル、ゆっくりおぶされ。向こう岸に着くまで身動きするなよ」

「はい。ゆっくりおぶさって、身動きはしません」

(妙に従順だな。心を入れ替えたか?)

 ベルはフワリと身体を預けてきて、対岸に着くまで身動き一つしなかった。

 今までのベルなら、動くなと言っても聞かなかったのだが。


 対岸に渡って着地すると、ベルはゆっくり身体を離した。

(?? それにしても従順すぎるな。体調でも悪いんじゃないか?)

 しかし、 熱はないようだし、背中から降りたら元気になっているから、心配はいらないようだな。


 僕たちが着地した場所はまばらな林になっていて、幹の太い木が多いから衝撃波の練習にはもってこいだ。

 ウェンディは満足そうに林の木々を眺めると、さっそく衝撃波の訓練を始めた。

「それでは、衝撃波を教えます。この魔法はスキル移植ができるから、簡単に使えるようになるわよ。二人とも私の前に立って」

「了解です!」

「は、はい」

 ベルは、いつもの元気なベルに戻っている。やはり心配はいらなかったな。


 ウェンディは並んでいる二人の頭に、右手と左手をそれぞれ乗せた。

「スキル移植を始めます。頭の中に衝撃波を起動する時のイメージが浮かぶから、その感覚をしっかり覚えてね」

「「はい」」

 ウェンディは軽く目を閉じて、口の中でゴニョゴニョと呪文を唱え始めた。

 おや? 僕の時にはそんな呪文は唱えなかったよな。

 いや待てよ! ウェンディは額をくっつけていないじゃないか。頭に手を乗せただけでスキル移植をしているぞ! おかしくないか?


「はい。これでスキル移植は終わりよ。撃ち出す感覚はイメージできる?」

「できます!」

「わ、私は、な、何となく分ったような気がする程度です」 

「大丈夫よ。練習していくうちにハッキリしてくるから。そうね、あそこの木の前に立って練習してみて。最初はできるだけ木に近寄る方がいいわよ。ベルもその隣の木で練習して」

「わ、分かりました」

「やってみます!」


 二人が木の方に歩いていったところで、ウェンディにそっと近寄る。

「ウェンディ、額をくっつけなくても、スキル移植ってできるんだな」

 顔を寄せて耳打ちする。

「えっ! そ、それはできるけど、くっつけると呪文を唱えなくていいから」

 しっかり動揺している。


「でも、くっつけなくても、できるんだよな」

 わざと念押しをしてみる。

「それは……。ゴメンナサイ。アランの気を引くためにやってしまいました」

「そうなんだ。キスまでしてくれたものな」

「うっ……」

 ウェンディは頬を真っ赤に染めて恥じらっている。うん、これはこれで可愛いな。


「気にしなくていいよ。からかってみただけだから」

「もう、ホント意地悪なんだから」

 頬を膨らませて僕を叩く、その表情も愛らしい。出会った頃と違って、近頃はこんなにも感情を見せてくれるようになった。それは素直に嬉しい。


「しょ、衝撃波」

 リリアが木に近寄り、手をかざして呪文を唱えた。しかし、微かにシュッという音が聞こえただけで何も起こらない。涙目になってウェンディを振り返る。

「心配しないで。最初はそんなものよ。魔力量が多いアランでさえ、一回目は木の葉を揺らした程度だったからね」

「ほ、本当ですか?」

「本当だ。練習すれば必ず上手くなるよ」

 すがるような視線のリリアに、優しく微笑んでやる。


「ベルも行きます! 衝撃波!」

 片手をあげてアピールし、その手を木に向けると、ベルは張り切って呪文を唱えた。

 すると、バシュ‼ という鋭い音がして、太い木の幹が中まで深くえぐられている。

 初心者にしては、なかなか強力な衝撃波だ。


「ベル、どうしてそんなに強い衝撃波が撃てるの?」

 ウェンディが目を丸くしている。

「頭の中にあるイメージ通りにやってみただけですけど」

「でも、初心者で魔力も低いあなたが、これほどの衝撃波を撃てるなんてびっくりよ」


「ベ、ベルは、ま、魔法の天才なの?」

「まさか。パーソナルシールドだってリリアと変わらないレベルだったでしょ」

「そ、そうだけど」

「ベル、あなたの手首にある模様はなに? 何かの紋章のように見えるけど」

「えっ? 模様ですか? あっ、ありますね。でも、さっきまではなかったですよ」

 ベルは不思議そうに模様を眺めている。


「そうよね。これはいったい何かしら」

 ウェンディもベルに近寄って模様に目を凝らす。

「思い出したわ! ベルが強い衝撃波を撃てたのは、この紋章のおかげよ」

「紋章のおかげって、どういうことですか?」

 ベルは訳がわからないという顔だ。


「アラン、あなたベルをテイムしたでしょ」

 ウェンディは、両手を腰に当てて僕をにらむ。

「テイム? そんな魔法は使えないけど……」

 いきなりそんな事を言われてもね。


「おかしいわね。あれはテイムの紋章に間違いないし、近くに他の魔法使いはいないから、犯人はアラン以外に考えられないんだけど」

 ウェンディは、いぶかしげにベルの紋章に触って目をつぶる。

何か解析しているのだろうか。


「濡れ衣だ。でも、テイムと衝撃波に何の関係があるんだ?」

「テイムされた動物は、主の魔力の一部を利用できるの。ベルは人だけど、テイムされているなら効果は同じよ。アランの魔力を使えているとしたら、ベルが強い衝撃波を撃てたのも納得できるわ」


「なるほどとは思うけど、僕は本当にテイムなんてした覚えはないぞ」

「――嘘をついているようには見えないわね。自覚のないままテイムしてしまうなんてことがあり得るかしら」

 ウェンディが首を傾げる。


「僕がテイムしている前提で話を進めないでくれるかな」

「あら、あなたがテイムしているのは明白よ。ベルの紋章を解析したら、アランとパスがつながっていたもの」

「そんなバカな。何かの間違いだろ」


「ベル、今朝から何か変わったことはなかった?」

「変わったこと……。そう言えば、アランさんにおぶさる時、ちょっと変な感じはしましたけど」

「どんな感じ?」

「命令に従えと言われて、その言葉が妙に心に染み込んできました」

「アラン、その時の状況を説明して」


「別に変ったことはしてないぞ。ベルが飛びついてきそうだったから手で制止して、空中で危険な身動きをされたら困るから、僕の命令は絶対に聞けって約束させただけだ」

「それよ‼ アランは無意識にテイムしていたんだわ。制止する時、ベルを従わせようと思って手の平をベルに向けたでしょ」

「まあ、感覚的にはそうなるかな」


「それでテイム魔法をかける準備ができたの。そのあと『絶対に命令を聞くように約束しろ』と言ったわね。その言葉が、テイムの呪文として成立したのよ。ベルはその時なんて答えた?」

「ベルはアランさんの命令に従いますって答えました」

「アランがその言葉を肯定すれば、それでテイム契約は成立よ」

「なるほどそれで、『よし!』と答えたら手の平にチリチリと痛覚が走ったのか。でも、テイムってそんなに簡単にできる魔法なのか?」


「普通は簡単じゃないわ。優れた魔法の才を持つアランだから偶然できてしまったのよ」

「そうか。すまなかったなベル、テイムはすぐに解除するよ」

「いえ、このままでいたいです。アランさんの魔力で強い衝撃波が撃てるのなら、これからの戦いで有利になりますし、私の生存確率も上がりますからね」

 ベルが太い尻尾を元気に振っている。


「それは一理あるな。ウェンディ、どうする?」

「アラン、あなたベルにいかがわしい事をする気じゃないでしょうね」

 ウェンディの目が怖い。

「思ってない、思ってない。考えたこともない」

「本当でしょうね」

「当たり前だろ。ベルは大切な仲間なんだから」


 そんな疑わしそうな目で見ないでくれるかな。確かに僕は人並にはエッチだけど、節度はわきまえているつもりだ。

「私なら、いかがわしいことも大歓迎ですよ」

「おい、ベル‼ 話をややこしくするな」

「冗談ですよ、嫌だなぁ。ウェンディさんのものに手を出したりしませんよ」

「ベル、それ誓えるわね」

「もちろんです」

「いいわ、それじゃテイムを認めます。戦力的にはその方が有利ですからね」

「やった!」

 ベルが尻尾を激しく振って僕に飛びついてきた。狐人なのに、本当に犬みたいな奴だ。


「あ、あ、あの。私も、テ、テ、テイムして欲しいです。ベルと同じように、戦力になりたいですから」

 リリアが頬をそめて見上げてくる。

「リリア、テイムされるとアランの命令には絶対服従なのよ。いかがわしいことを要求されたら困るでしょ?」

「わ、私はアランさんを信じていますし、ウ、ウェンディさんを裏切ったりしません」

 

 そんなに簡単に人を信じていいのか? リリアは可愛くて、胸が大きくて魅力的だから、手を出さないという自信はない……。いやいや、絶対にそんなことはないぞ。 

 僕はウェンディ一筋だからな。

「仕方がないわね。アラン、リリアもテイムしてあげて」


「いいけど、どうすればいいんだ」

「ベルにした事を再現すればいいのよ。アランがテイムしたいと願いながら手をかざして、絶対に従えと呪文を唱える。リリアは自分の名前を告げて従うと宣言する。それをアランが承認すればテイムは成立するわ」


「そんなので本当にテイムできるのか? まあ、試してはみるけど」

 リリアに向き合って、僕に従うようにと念じながら手をかざす。

「リリア! これから僕の命令には絶対に従え」

「はい。リリアはアランさんの命令に絶対に従います」

「よし!」

 そう答えると、手の平にチリリと痛覚が走った。手の平を見るが、ベルの時と同じで何も変化がない。僕には契約紋のようなものは現れないようだ。

 しかし、リリアの手首にはしっかり紋章が刻まれている。


 あんな簡単な言葉がテイムの呪文になるなんて不思議なものだ。魔法の呪文って、最低限の骨格ができていれば起動できるってことなのかな。

 ウェンディは、リリアの手首に現れた紋章を満足げに確認している。


「上手くいったみたいね。リリア、あの木に向かって衝撃波を撃ってみて」

「は、はい」

 リリアは深呼吸をして、ウェンディが指さす大木に手をかざす。

「しょ、衝撃波!」


 その叫び声とともに『バシュン‼』という音がして、狙った大木が真ん中から切断され、それがリリアの方へ倒れてくる。

「危ない! リリア避けろ」

「衝撃波!」

 ベルの鋭い叫び声とともに、倒れて来る大木が衝撃波で粉砕された。


 ベルが撃った衝撃波の起動速度と威力には目を見張るものがある。とても学んだばかりの素人とは思えない。 

 もしかするとテイムは、魔力だけでなく魔法の才も分け与えているのかもしれない。


「二人とも凄いわ。アランと遜色がないわよ」

「本当ですか! これで私達も戦力になれるでしょうか?」

「今までも十分戦力になっていたわよ。でも、次に魔王を追い詰める時には、衝撃波のサポートに期待しているわ」

「絶対にお役に立ちます!」

「わ、私も、です!」

「ありがとう。リリアもテイムしてもらって良かったわね」

「は、はい。良かったです」

 リリアの瞳はキラキラと輝き、とても嬉しそうにしている。

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