第22話 魔導エレベーター

 洞窟の壁に組み込まれている扉はかなりの大型だった。一度にたくさんの兵士や武器を通過させるためだろう。僕たち四人を包んだ球形シールドでさえ、余裕で通過できてしまうサイズだ。


 扉は横にスライドして開ける構造になっている。

 その扉は、敵襲から中を守るために頑強に閉じられているはずだ。ところが、コの字型の大きな取手をつかんで横に引っ張ってみると、カタリと音がして簡単に鍵が外れた。ドキリとして、そこで引くのをやめる。

「やっぱり誘われているよな」

「間違いないわね。突入したらシールドがいつ崩壊するか分からないから注意して!」

「分かってる」


 四人で目を合わせて決意を固めると、おそるおそる扉を引き開けて中に踏み込んだ。

 僕とウェンディが先に入り、ベルとリリアが後ろに続く。

「誰もいないな」

 ホールは完全に無人に見えるが、そんなはずはない。

「不気味ですね。でも来るなら来いです!」

 ベルが息巻く。


「こ、ここからは、わ、私達が前衛をつとめます」

 リリアがグイと僕の前に出てきて、ベルもそれに続いた。

「よし、頼んだぞ」

「二人とも、危ないと思ったらすぐに後ろに下がって」

「了解です!」

「で、です」


 ベルとリリアは、ホールの奥にある開閉扉に向かって、周囲を警戒しながら慎重に進んでいく。

 だだっ広いホールは閑散としていて、武器や物資の類もなく、ただただ何もない床が広がっているだけだった。

 ところがホールの真ん中あたりまで進むと、周囲に妙な気配を感じた。


「そろそろ攻撃がきそうだぞ」

 そう言って身構えた刹那、僕たちの周囲に無数の魔族兵が出現した。奴らはホールを埋め尽くすほどもいて、全員が黒の分厚い金属鎧で身を固めている。

 どうやら、僕たちが引き返せない所まで入り込むのを待って、包囲攻撃をする作戦だったようだ。


「やっぱり光学迷彩を使っていたか」

「気配も上手く消していたわね。ベル、リリア、敵を攻撃しながら開閉扉に接近して」

「了解です!」

 ベルがシールドから飛び出して魔族兵に突撃した。リリアもそれを追いかけていく。


 二人の剣技は確かに素晴らしい。金属鎧で身を固めた魔族兵を次々と倒している。鎧の継ぎ目に正確に剣を突き刺しているのだ。

 ウェンディも、接近する魔族兵をウインドカッターで瞬殺している。巨大ガニの強靭な甲羅を一瞬で切断したその威力は、魔族兵の金属鎧をも簡単に切り裂いてしまう。

「アランはファイアーボールで攻撃して。開閉扉は絶対に溶かしてはだめよ!」

「了解!」


 開閉扉を溶かさない火力で戦うのなら、ファイアーボールはうってつけだ。この魔法とは相性が悪くて、全力で撃っても大して火力が上がらない。だから普段は使わないのだが、今日はこの微力な火の球が役に立つ。

 ファイアーボールを連発して、進路を邪魔する敵や、周囲から攻撃してくる奴らを焼き払っていく。

 しかし、火力が小さいだけに一撃で二、三人しか倒せない。ホールを埋め尽くす大人数の魔族兵に対してはまるで焼け石に水だ。奴らは倒しても倒しても次から次へと突撃して来るから始末が悪い。


 これは多勢に無勢かな、とつい弱気が頭をもたげる。しかし、あの開閉扉をシールドで保護してしまえば、高火力のファイアーランスで敵を殲滅することができる。それまでの辛抱だ。

 厄介なのは魔族兵の武器がすべて、あのシールド破壊の鋼鉄槍と同じ魔法特性を持っていることだ。攻撃して来る槍や剣がヒットする度に、シールドが微妙に揺らいでいるから間違いない。


 一刻も早く開閉扉までたどり着かないと、いつシールドが壊れてもおかしくない。

 躍起になって敵を焼き払っていると、ホールの奥からいっせいに無数の鋼鉄槍が飛んで来た。

 ウェンディのシールドはそれらを全て弾き返したが、鋼鉄槍の魔法特性にやられてひどく揺らいでいる。

 槍が飛んで来た方向を見ると、大型の射出機が数台並んでいた。あれで大量の鋼鉄槍を撃ち出しているようだ。

 シールドが揺らいでいるのを見た敵は、火が付いたように攻勢を強めた。

 大量の鋼鉄槍の衝突で、もはやシールドは崩壊寸前になっている。


「アラン、あの射出機を何とかして‼」

「了解!」

 ウェンディの悲鳴にも似た叫び声を聞いて、ファイアーランスを使う決心をした。

 シールドが破壊されて、無数の魔族兵にウェンディが蹂躙されるような事態は絶対に避けなくてはならない。

 ファイアーランスを撃つと、開閉扉を溶かしてしまう可能性があるから心配ではある。だが、射出機はそこから離れた場所にあるので、ファイアーランスの威力を絞れば大きく損傷することはないかもしれない。


「ベル、リリア、シールドの中に戻れ!」

 魔族と斬り合っていた二人は、反転して素早く駆け戻ってきた。

 二人がシールドに入ると同時に、射出機の一群に向かって手をかざし、「ファイアーランス!」と唱える。

 すると、激しく燃え盛る炎の槍が、一直線に飛んで数台ある射出機を業火で破壊した。


 ところが射出機は、ファイアーランスを受けるよりも一瞬早く大量の金属槍を撃っていた。降り注いで来る金属槍で、揺らいでいたウェンディのシールドがついに崩壊した。

「なんて間が悪いんだ!」

 毒づいていると、後ろから悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り返ると、ウェンディの右肩に魔族兵が繰り出した槍が突き刺さっていた。


 信じ難いことに、アダマンタイトよりも強固なはずの戦闘ドレスが貫かれている。

 おそらく敵の金属槍は、魔力をキャンセルしてシールドを破壊する特性を持っているのだろう。だから、魔力で強化されたウェンディの戦闘ドレスも貫けたのだ。

 

 敵がいっせいにウェンディに襲いかかろうとしている。

「ヤバイ‼」

 とっさにウェンディのカバーに入り、彼女を槍で突き刺している奴と、剣で斬撃しようとしている奴を同時に衝撃波で吹き飛ばした。さらに、その横から剣を突き出してくる奴にも衝撃波をお見舞いする。


 この調子で頑張れば、ウェンディを守り抜けるかもしれない。そう考えていると、愚かにも自分の守りに穴が開いていた。後ろから大剣が僕の身体を斬り裂いて、ようやくその事に気がついた。燃えるような激痛が走り、意識が遠のいていく。

 仰向けに倒れて、もうろうとした意識の中で天井を眺めていると、魔族兵がとどめをさそうと大剣を振り上げているのが見えた。

(ヤバイ……。あれを受けたら死ぬ)

 魔族兵の大剣が風を切って迫ってくる。


 これまでか、と思った瞬間、ベルの剣がその大剣を弾き、返す刀で首の継ぎ目を斬り裂いた。同時にリリアが僕のカバーに入ってきて身構えている。

 二人ともグッジョブだ。

 そのタイミングで、ウェンディのシールドが復活して僕たち四人を包み込んだ。

 間髪を入れずに、「ハイヒール」と叫ぶ声が聞こえて、僕の身体から剣の傷が消えて意識がハッキリしてきた。何の痛みもなくなり、身体が動くし、立ち上がれるし、魔法も問題なく使えるような気がする。

 ウェンディを見ると、肩の傷が跡形もなく癒えている。無事で良かった。


「ウェンディ助かったよ。ベルもリリアもありがとう。おかげで命拾いした」

「どういたしまして!」

「と、当然の事をしただけ」

 ベルとリリアはちょっと照れている。

「アランが無事で良かった。死んでしまうのではないかって震えたわよ」

「僕も、ウェンディの肩に槍が食い込んでいるのを見てゾッとしたよ」

「つまり、お二人は相思相愛ってことでいいですか?」

 ベルが面白そうに突っ込みを入れる。

「そんなわけあるか!」

 僕が切り返すと、ウェンディは微妙な表情で笑う。


 シールドが復活したとはいえ、無駄に費やす時間はない。

「よし、開閉扉まで全力で移動するぞ。ファイアーボールで道を切りひらくから、ベルとリリアはシールドを守ってくれ」

「「了解!」」

 魔族兵は絶え間なく攻撃してくるが、ファイアーボールで行く手を阻む敵を焼き払いながら進む。


 シールドに向かって突き出される槍や剣は、ウェンディの衝撃波とベルとリリアの剣が弾いてくれるから、開閉扉までは持ちそうだ。

 敵もこちらの目的が開閉扉だと察したようで、魔族兵が進行方向に群れをなして立ち塞がってきた。


 僕は眼前の敵に向かって、「ファイアーボール!」と唱え続けた。

 お世辞にも強力とはいえない火力だが、立ち塞がっている魔族兵を確実に倒している。

 ファイアーボールで倒し損ねた魔族兵も、シールドに接近してきたところでベルとリリアが漏れなく倒していく。

(有能な前衛がいると助かるな)


 それから十分近く攻防を繰り返して、ようやく床の開閉扉までたどりついた。

「アラン、開閉扉をシールドで覆ったわ。一番強いファイアーランスで攻撃して‼」

「了解!」

 つまり、ホール内の魔族兵を抹殺しろとの命令だ。

 僕はホール中央の天井に手をかざし、「エクストラファイアーランス!」と唱えた。


 すると極太の火炎の槍が飛び出して、天井にぶつかって広がると、激烈な火炎が舞い踊りながらホール内をかけ巡っていく。その光景は壮絶そのもので、数舜後には生き残った魔族兵は一人もいなくなっていた。

 それどころか、ホールにあった全てものが燃え尽きて、剣一本すら転がっていない床に、武具が融解した金属の薄膜が広がっているというありさまだった。


「ア、アランさんの敵でなくて、よ、良かったです」

 リリアが唖然とした表情でその光景を眺めている。

「そうね。魔族兵にとって、これは悪夢だったに違いないわ」

「エクストラファイアーランスって、本当に凄い魔法ですね! アランさんは素敵です」

 ベルが赤い瞳をキラキラと輝かせて僕を見つめる。こいつもようやく敬意を払う気になったようだ。


「ベル、褒めるのはいいけど、アランは私のですからね!」

「ですよね」

 ウェンディににらまれて、ベルは小さくなった。

(なんなんだよ、今のは⁉)

 その『私の』がどういう意味なのか今度こそ聞き出したいところだが、どうせ答えてはくれないだろうな。


「アラン、開閉扉を調べるから開けてもらえるかしら」

「了解」

 開閉扉は近くで見るとかなり大きい。一辺が五メートルの正方形で、横にスライドさせて開けるようになっている。

 扉の隅に小さな埋め込み式のハンドルがついているが、この大きな扉を引き開けるにしてはサイズが小さすぎる。指二本を掛けられるかどうかだから、重量のある扉を引っぱるのは大変そうだ。


 それでも身体強化をして引けば動かせるだろうと、埋め込み式ハンドルを引き出してみると、途端に扉がスルスルと動いてあっという間に全開になってしまった。

 どうやら魔動力で開閉する仕組みになっているようだ。拍子抜けもいいところだが、楽ちんなのは大歓迎だ。


 扉が開いて姿を現した四角い大穴を、みんなで用心深くのぞき込む。ウェンディが探知していた通り、井戸のような垂直の壁がどこまでも下へと続いている。

「とんでもなく深い穴だな」

「す、吸い込まれそうです」

「おそらく、これは魔族国まで続いているわね」

 ウェンディは穴を一瞥すると、床に座って扉に手を伸ばした。軽く触れて目を閉じると、口を一文字に結んで、しばらくそのままでいる。


「思った通りよ。解析魔法で調べたら、この穴は魔族国まで続いていたわ。下にはこの穴を使って兵士や物資を運びあげるための魔導エレベーターがあって、十キロあまりの距離を十分で上昇するみたいよ」

 解析魔法は探知魔法の上位版で、物の構造や素材を詳細に分析できる凄い奴だ。

「それ、王国でも建造できるのかな」

「仕組みは解析できたから設計図は作れるけど、資材の質が追いつかないから建造するのは難しいでしょうね」

「魔族の技術も侮れないな」


 超高速エレベーターは、前世の日本でも滅多にお目にかかれない。それが十キロもの高さを昇ってくるだなんて、とんでもない代物だ。

「魔導エレベーターを、このまま残して帰るのはまずいわね」

「ファイアーボムを使うか?」

「ええ、一番強いのをお願い」


 僕は再び井戸をのぞき込む。

 恐ろしく深くて、下の方は暗闇に溶け込んで見えなくなっている。この中を、十キロ先の最深部まで、ファイアーボムの火球を壁に接触させないで真っすぐに落下させなくてはならない。途中で壁に接触したら、そこで爆発してしまって魔導エレベーターを叩けなくなるからだ。


 至難の業ではあるが、王国を守るために絶対にやり遂げなくてはならない。

 僕は身体中の魔力を手の平に総動員し、穴の中心を落下するようにと祈りながら慎重に狙いをつけた。

「エクストラファイアーボム!」

 唱えると、真夏の太陽のように輝く大火球が、暗闇に包まれた井戸の壁を明るく照らしながら、真っすぐにどこまでも落ちて行く。


 どうなることかと見守っていると、五分ほどで井戸の奥がパッと明るく輝いた。それは小さな点に過ぎなかったが、明らかにエクストラファイアーボムが爆発した輝きだ。

 それから三十秒ほど経つと、轟音とともに爆風と火炎が噴きあがってきて、井戸から噴出すると強烈な火炎の嵐となってホール内を吹き荒れた。


 爆風が収まると、ウェンディは扉に手を当てて静かに目を閉じた。解析魔法を使って状況を調べているのだ。

「思惑通りになったわ。魔導エレベーターは跡形もなく消滅している。おそらく下の魔族国は、ファイアーボムの火力で大惨事になっているはずよ」

 その言葉に、ベルとリリアは神妙な面持ちで井戸をのぞき込む。

 これはきっと、盛大に魔族の恨みを買ってしまったに違いない……。

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