第19話 洞窟の索敵
「将軍、大変です。後背の森に魔族軍の大洞窟が出現しました。中に魔族軍の大部隊がいて、冒険者たちが出てくるのを食い止めています」
王国軍の副官が転がるように走って来ると、一気にまくし立てた。
「戦況はどうなっている」
「冒険者十数名が奮闘していますが、もう限界が近いとのことです」
副官は地図を広げて場所を指さす。
やはり魔族軍は、砦と後背の森からの挟撃を企んでいたのだ。洞窟側の準備が整うまで、人質を使って砦への攻撃を抑え込もうとしていたに違いない。
「よし、すぐに応援部隊を送る。兵士の半数を回せ!」
「かしこまりました」
報告した副官は急ぎ足で立ち去った。
「私の兵も現場に向かっているでしょうが、魔族軍の大部隊と交戦するとなると力不足ですな」
カイン侯爵は悩ましげに腕を組んでいる。
「勇者殿、すまないが直ちに洞窟に飛んでもらえないか。一刻を争う事態なのでな」
軍が応援部隊を編制して現場に駆けつけるまでには、多少なりとも時間がかかる。
それまで冒険者が持ちこたえるのは困難だと判断しているようだ。
「承知しました。全速力で向かいます」
ウェンディは将軍に一礼すると、僕を振り返って空を指さした。
「飛ぶわよ!」
「了解!」
僕たちは空高く飛び上がった。
後背の森全体が見渡せる高度までくると、ウェンディは探知魔法を駆使して目的の洞窟を探しはじめた。
「分かったわ。あそこよ」
指さす先には、確かに木々を透かして微かな炎が見える。
「確認した」
そこに向かって二人で急行する。
目標の洞窟に接近すると、はっきり戦況が見えてきた。
洞窟の大きな出口の前には冒険者の魔法使い十人がいて、ファイアーボールやロックランスを駆使して辛うじて魔族兵の侵入を食い止めていた。
それに対して魔族軍は、弓や投げ槍で激しく応戦しながら、隙を突いて外に出ようと試みている。すでに魔族兵の一部が洞窟から抜け出しているようで、五人の剣士がその行く手を阻んで剣を交えていた。
外に出ている魔族兵は二十人近くもいるから戦力的には不利だ。しかし、五人の剣士は勇猛果敢に戦っている。中でも二人の美少女剣士の鮮やかな剣技は、逃れようとする魔族兵を見事にねじ伏せていた。
「あの二人、良く頑張っているわね」
「縦横無尽に動いて剣の切れも鋭いな。でも、そろそろ限界が近いみたいだ」
「もう気力だけで戦っているのよ。アランは洞窟に行って極太のファイアーランスを撃ち込んで。私は剣士たちに手を貸すから」
「了解した」
僕は洞窟に向かって飛び、冒険者たちの横に降り立った。
「応援に来た。洞窟の攻撃に参加してもいいか」
「助かります! 正直もう限界で」
近くにいる冒険者が返事をしてくれたが、確かに魔力切れ寸前の青い顔をしている。
洞窟は大きなアーチ構造で、入口は大型馬車二台が並んで通り抜けられるほどの広さがある。その入口から真っすぐな穴が奥深くまで続いているから、これはもうトンネルと言った方が適切かもしれない。
そのトンネルの中に無数の魔族兵がひしめいている。
こいつらが外に出てきたら大変なことになるのは間違いない。兵力的には王国軍の方が優勢かもしれないが、ゲリラ戦に出られたら侯爵領は疲弊してしまうだろう。
僕は一歩前に踏み出すと、手の平に魔力をかき集めてトンネルの入口にかざす。
「エクストラファイアーランス!」
唱えると、手の平から激しく燃え盛る火炎の槍が飛び出した。
その槍は瞬時に膨張し、巨大な業火の束となって特急列車のようにトンネルに突っ込んでいく。
トンネルの中にいた魔族兵達は、恐怖に歪んだ顔で業火の槍をにらんだが、次の瞬間には容赦なく焼かれて、数秒後には全ての魔族兵が完全に消滅していた。
「恐ろしい威力だな……」
「でも、助かったよ……」
後ろから冒険者たちの驚きと安どの声が聞こえてくる。
「皆さんのおかげで魔族軍を撃破することができました。本当にお疲れ様でした」
声をかけると、地面にへたり込んでしまった魔法使い達が微笑む。
「もうダメかと思いましたよ。魔力切れ寸前でしたからね」
「あんたはとんでもない人だよ。あの兵力を一撃で焼き尽くすんだからな。魔法には自信がある俺達でさえ、防戦で手一杯だったのに」
「いや、折れることなく魔族兵の侵入を食い止めていたあなた方も、素晴らしい力量をお持ちですよ」
ウェンディはどうしているかと振り返ると、剣士たちに混じってウインドカッターで次々と魔族兵を倒していた。
(これなら応援に行く必要はないな)
五人の剣士とウェンディは、即席ながら見事に連携して戦い、短時間で魔族兵を全員討伐してしまった。
敵の検分を済ませると、ウェンディは剣士達を連れてこちらにやってきた。
冒険者である五人の剣士も十人の魔法使いも、全身傷だらけだ。どれだけ必死で戦っていたかがよく分かる。
「みなさんのあまたの負傷は、果敢に奮戦されていた尊い証拠です。でも、このままではお辛いでしょうから、よろしければ私に治癒魔法をかけさせてください」
「はい、是非お願いします!」
狐目の美少女剣士が、元気よく手を挙げた。
「助かりますよ。僕たちも少しは治癒魔法が使えますが、もう魔力なんて残っていませんからね」
リーダー格らしい魔法使いが、疲れ果てた身体に鞭打つように精一杯の声をあげた。
「承知しました」
ウェンディは優しく微笑むと、腕を高く掲げた。
「エリアハイヒール」
唱えると、その場にいた全員を青い光が包み込み、全ての傷を跡形もなく消し去った。
「し、信じられない! いっ、一瞬で傷が治っています」
猫耳の小柄な美少女剣士が目を丸くしている。
「本当! こんなに凄い治癒魔法は初めて見ました。洞窟のファイアーランスも凄かったですし、お二人は王宮騎士団の方ですか」
狐目の美少女剣士が、ウェンディに明るい笑顔を向けた。
「騎士ではありませんが、国王陛下の命に従うという点では似たようなものかしら」
その頃になって、ようやく侯爵の兵士たちと王国軍の応援部隊が到着した。
「魔族軍はどこだ?」
あの副官が辺りを見回し、不思議そうな顔で僕に問いかける。
「ここにいる冒険者のみなさんと僕たちとで討伐しました」
「それは何よりだ。こんなに早く討伐が終わるとは思ってもみなかった。本当にご苦労だったな。この魔族兵どもは、やはりあの洞窟から出て来たのかね」
副官は周囲に転がっている魔族兵を眺めながら冒険者に問いかけた。
「はい。洞窟に向かって全力で攻撃を仕掛けていたのですが、それを巧妙にすり抜けてきた奴らです」
「外に出てきた魔族兵は、彼らと協力して漏れなく討ち取りましたから、ご心配なく」
ウェンディがにこやかに捕捉する。
「うむ。皆良くやってくれた。洞窟内にいた魔族部隊も漏れなく討伐できたのだな?」
「この人がファイアーランス一発で撃破してしまいました‼ 本当に凄かったです」
魔法使いの一人が感嘆の声を上げて僕を指さすと、他の冒険者も大きくうなづいた。
「さすがは勇者パーティーだな。国王陛下には砦の件も含めてしっかりご報告しておく。ところで、洞窟から再び魔族軍が攻撃してくる懸念はないのかね」
「ないとは言えませんわ。今回は出口付近にいた魔族兵を撃退しただけですから、奥に別動隊がいれば、再び攻勢を仕掛けて来る可能性はあります。ファイアーボムで洞窟を崩落させれば蓋はできますが」
ウェンディはそう言うが、実は蓋をしてもあまり意味はない。奴らはどこにでも穴を開けて出てくる、もぐらみたいな種族だからだ。
「なるほど、敵の別動隊が奥に潜んでいたら厄介だな。勇者殿、申し訳ないが今から洞窟の中を調べてもらえないか」
この洞窟の索敵は、緊急性も重要性も高い案件だ。しかし、並みの兵士を斥候として送り込むのは危険過ぎる。洞窟の中は逃げ場のない空間だから、敵部隊と遭遇したら生きて出られる見込みはないだろう。
「承知しました。お任せください」
ウェンディは微笑みながら胸を叩く。
「ありがたい。勇者パーティーが引き受けてくれるのなら心強い限りだ」
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