第9話 魔族の逆襲
それから僕とウェンディは、飛行魔法で王宮騎士団の拠点まで飛んだ。
「今の爆発は勇者様の魔法でしたか。凄まじい一撃でしたな」
拠点のテントに入ると、騎士団長のアーネスト侯爵が笑顔でウェンディを出迎えた。
「ありがとうございます。でもあれは、アランの攻撃魔法なのですよ。凄い威力でしょ」
ウェンディが僕に手を振ると、その場にいた冒険者達がいっせいに疑わしそうな視線を向けてくる。
「ウソだろ⁉ ポンコツ魔法使いのアランがあんな攻撃魔法を使えるはずがない!」
「いや、ポンコツでも火力だけは無駄に高いって話だぞ」
「でも本当にこいつが魔法を撃ったのなら、俺達はみんな黒焦げになっていたはずだぜ」
「違いない‼」
みんな言いたい放題だ。
「アランは魔力コントロールをマスターしましたから、もうポンコツではありませんよ」
ウェンディがフォローを入れると、「え~~」という納得しかねる声があちこちから聞こえてくる。
まあ、迷惑かけまくったひどい前歴があるから、簡単には信じてもらえないよな。
「騎士団長、よろしければ今から負傷者を治癒しますので、怪我した人をこのテントの周りに集めてくださいませんか」
「ありがたいことです。――負傷者はここに集合! 手が空いている騎士は動けない怪我人を運んでくるように!」
アーネスト侯爵の指示で、王宮騎士団の広い拠点のあちこちから、負傷者が立ち上がってぞろぞろと集まってきた。重症で動けない人は、騎士や冒険者が抱えて連れてきている。
ほんの五分ほどで、テント外の空き地には大勢の負傷者が集まっていた。予想はしていたものの、それは驚くほどの人数だった。
ウェンディは彼らに手をかざし、「エリアハイヒール」と唱えた。
すると、青く優しい光が負傷者全員を覆って、みるみる傷がふさがっていく。ほんの二、三分で、みんなすっかり元通りになっていた。
「さすがは勇者様です。素晴らしい治癒魔法に感服いたしました。皆を救って下さり、心より感謝申し上げます」
騎士団長のアーネスト侯爵が深く頭を下げた。
「頭をお上げください。私は陛下のご命令に従っているだけですので」
ウェンディが恐縮して小さく手を振る。
「では、陛下にご報告するとともに、感謝を申し上げておきましょう」
「恐縮です……」
侯爵の言葉に、ウェンディは微妙な笑みを浮かべている。どうやら、仰々しくされるのは苦手のようだ。
「これで任務完了だよな」
「ええ、要塞は破壊できたし、皆さんの治癒も終わったから、後は帰るだけだわ」
「何よりだよ」
ほっと一息ついて帰り支度を始めていると、信じられない事態が発生した。
溶岩が流れ込んでいった穴から、突如として黒い巨人が飛び出してきて、クレーター近くの荒れ地に降り立ったのだ。
黒い巨人の身長は五階建てのビルほどもあって、筋肉の塊のようながっしりとした身体が強い威圧感を放っている。そいつは見るからに凶悪そうな表情を浮かべて身構えると、鋭い眼光でこちらをにらんだ。
「お前らみんな、ブチ殺してやる‼」
巨人は大声で叫ぶと、ドスドスと足音を響かせて走ってきた。
(なんで今更こんなのが出てくるかな! もう勘弁してくれよ)
「あれは生き残った魔族が魔法で自分を巨大化させたものよ。命を削る魔法だから長時間は生きられないはずだけど、とても危険だから注意して!」
ウェンディの顔が緊張で引き締まっている。
「よくも俺様の要塞をドロドロの溶岩に変えてくれたな。おかげで部下がみんな死んでしまったではないか。この恨み、存分に晴らさせてもらうからな」
黒い巨人は拠点から五百メートルの位置まで接近すると、ピタリと立ち止まった。
「まずいぞ! あいつは凄まじい魔力を放っている。攻撃されたらひとたまりもない。みんな即刻退避しろ‼」
魔法騎士のリーダーが大声で叫ぶと、みんな慌てて逃げ出していく。
だが、奴はすぐさま手をかざし、特大のファイアーボールを撃ち込んできた。
直撃を食らえば、みんなが一瞬で黒焦げになってしまうほどの超高温の火球だ。
特大火球はみるみる接近してくると、視界いっぱいに広がった。思わず身構えたその瞬間、ウェンディの球形シールドがみんなを包み込んで特大火球を防いでくれた。
まさに間一髪だった。
球形シールドの外では、太陽が落ちてきたかと思うほどの火炎が渦巻いて恐ろしい光景が繰り広げられている。だが、シールドの中には熱すら伝わってこない。
ウェンディはシールド魔法には自信があると言っていたが、まさかこれ程とはね!
「皆さん、無事ですか?」
ウェンディが叫ぶと、みんな手を掲げてそれに応える。
「シールドが間に合って良かったわ。アラン、ファイアーボムであれを消し飛ばして」
「了解!」
ファイアーボムを撃つために、身構えている黒い巨人に向かって手をかざす。
「スモールファイアーボム」
唱えると、スーパーボール大の灼熱した火球が巨人目がけて勢いよく飛んで行く。
ところが着弾寸前になって、火球はなぜか軌道が変化し、巨人の横をかすめて通り過ぎると遥か後方まで飛んで爆発した。
「どうなってるんだ⁉ 正確に狙ったはずなのに」
「変よね。途中で軌道が変わったわよ。こんな事ってあるかしら……。試しにもう一度撃ってみて」
「よし!」
今度こそと深呼吸をして、慎重に巨人の胸に狙いを定めると、再びスモールファイアーボムを放った。
しかし、今度は途中から火球が上に逸れ、青空に吸い込まれるように小さくなっていったかと思うと、花火のように爆発して浮雲を蹴散らした。
「間違いないわね。あの巨人は回避魔法を使って攻撃を逸らしていわ」
「回避魔法⁉ それじゃ、いくら撃っても当たらないってことか」
「ようやくそれが理解できたか。へぼ魔法使いの分際で、俺様に勝てるなどと思わぬことだな!」
「地獄耳か⁉」
奴との距離は五百メートルもあるのに、こちらの会話を聞き取ってバカにしてくる。おまけにニタニタ笑いながら土魔法で生成した小屋ほどもある巨岩を投げつけてきた。火炎攻撃がダメなら、巨岩の物理的なエネルギーでシールドをぶち破ろうという魂胆だろう。
巨岩は確かに大きな破壊力を持っている。しかし、ウェンディの球形シールドはいとも簡単にこれをはね返してしまった。
やはりウェンディのシールドは優秀だ。これならあの巨人が生命力を失うまで持ちこたえられるかもしれない。
ところが、巨岩はそれから立て続けに飛んできて、執拗に同じところを攻撃してきた。さすがにその質量の衝突エネルギーは半端なくて、集中攻撃を受けているポイントのシールドがわずかに揺らぎ始めている。
「あら、少しはやるものね。私も本気を出しましょうか」
ウェンディは冷静に揺らぎを修復すると、シールドの強度を上げた。
おかげで巨岩の連続攻撃にも耐えて、みじんも揺らぐことがなくなった。
にもかかわらず、冒険者たちの顔は不安に強張っている。
「あいつ使えない勇者だろ。このシールドって本当に大丈夫なのか?」
「性格は最悪だけど、実力はあるって話だが……」
「いやいや、作戦は失敗続きだって聞いたぞ。あてにしない方がいいと思うな」
失礼な会話が漏れ聞こえてくる。
こいつら、ウェンディのシールドがなければ、特大ファイアーボールで黒焦げになっているはずなのに、もっと敬意を払えよ。
「アラン、回避魔法の弱点を探して攻撃しましょう」
「弱点なんてあるのか⁉」
「回避魔法は力業だから、どこかに穴があくことが多いの。探知魔法を使えば見つけられるわ」
「探知魔法⁉ そんなもの僕は使えないけど?」
「大丈夫。私がスキルを移植するから」
言うが早いか、ウェンディは僕の後頭部に手を回して自分に引き寄せ、額と額をくっつけていた。
こうすると彼女が持っているスキルが移植されるということか。
しかし、この距離感はまずいぞ。あまりにもピタリとくっつき過ぎて、唇が触れそうになっているし、ライトブルーの美しい瞳と目があっている!
「近い、近いよ」
生まれてから今の今まで、こんな風に女の子と接触したことはない。うろたえて目を逸らそうと下を向くと、「動かないで」と両手で頭を押さえられた。
おかげで顔が下向きの角度で固定され、はからずもドレスの胸元をのぞき込む形になっていた。豊かに盛り上がるおっぱいが生々しく迫ってくる。
(これ、絶対に見ちゃダメな奴だ!)
慌てて視線を横に逸した。
ところが間髪を入れず、「しっかり見て!」と声が聞こえてきて、反射的におっぱいに視線を戻していた。
「見てもいいのか⁉」
柔らかそうに膨らむおっぱいに目を奪われながら、カラカラになった声で問い返す。その途端、視界が胸からグイーンと離れて空に登っていった。胸が小さくなり、ウェンディも小さくなって、鳥になったように高所から今いる場所を見下ろしていた。
「これは探知魔法の視覚なのか?」
身体の感覚的には今も大地を踏みしめて立っているから、視覚だけが探知魔法で持ち上げられて、高所から下を見ているのだ。
『しっかり見て』とは、この高みから巨人をつぶさに観察しろという意味だったのだ。おっぱいを見ろと言われているのかと思って焦ったぞ。
「そうよ。巨人の周りに回避魔法の魔力が流れているのが見えるでしょ。流れの空白部分があったら、そこが弱点だから攻撃して」
簡単に言ってくれるけど、魔力なんて見えないぞ。
「魔力の流れが分からないんだけど」
「意識を集中させて、魔力を感じたいと願うの」
「それで本当に見えるようになればいいけど……」
半信半疑ながらも、根気強く意識を集中させてみる。
すると不思議なことに、本当に魔力の流れが見えるようになってきた。
回避魔法の魔力は、黒い巨人を取り巻くようにその外側を流れている。これが攻撃を逸らしていた元凶だ。
その流れを注意深くたどっていくと、首筋の後ろに流れから取り残された空白部分があることが分かった。
「ここを叩けばいいんだな!」
急いで地上に意識を戻して、巨人の顔をにらむ。
あの頭の後ろにファイアーボムを撃ち込めるのは、放物線軌道だけだな。
やった事はないけど、そういう火球のコントロールもできる気がする。『点火』の魔法で炎を自在に動かす訓練をしていたことが、思わぬところで役に立ちそうだ。
僕は放物線軌道で飛ぶ火球をイメージしながら、「スモールファイアーボム!」と唱えた。するとスーパーボール大の火球が手の平から飛び出し、巨人の頭よりもはるかに高くまであがると、放物線軌道を描いて反転し、回避魔法の空白部分に向かって落下していく。
「こざかしいうじ虫め! 儂には弱点などない。無駄な抵抗は見苦しいぞ‼」
巨人はこちらの意図を理解したのか、ファイアーボムから逃れようと、身体を右に左にと激しく動かす。
「見苦しいのはどっちだ!」
巨人が動くと弱点の位置もぶれるから、必死になってファイアーボムの落下位置を修正して食らいつく。
そのかいあって、スモールファイアーボムは狙い通り回避魔法の空白部分を通過して、首筋の後ろに着弾した。
白熱したエネルギーが炸裂し、業火が五階建てのビルほどもある巨人の全身を包み込んで瞬く間に燃やし尽くしていく。
その場にいた全員が、唖然とした表情で巨人を火葬する業火を眺めていたが、燃え尽きた瞬間、大歓声を上げた。
「凄いぞ、アラン‼」
「よくやった‼」
騎士も冒険者も、みんながこおどりして喜んでいる。
僕はようやく、みんなに認められたみたいだ。
「またウェンディ殿とアラン殿に助けられましたな。お二人がいなければ全滅していたはずです。本当にありがとうございます」
アーネスト侯爵が、深々と腰を折る。
「お顔をお上ください。アランも私もできる事をしただけです。良い経験にもなりましたから、感謝するのはむしろこちらの方です」
「さすがはシンプソン公爵のご令嬢ですな。おごることなく思慮深くていらっしゃる。この先、何か困ったことがありましたら、遠慮なくこのアーネストをお頼り下さい。必ずお力になると約束します」
「ありがとうございます」
使えない勇者様と揶揄されていたウェンディも、これからは正当に評価してくれる人が増えそうだ。
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