平澤唯

 薄暗くじめついた狭い部屋で、むせび泣く男が一人いた。その胸に一枚の手紙が、固く抱き寄せられていた。

 

                シモノフ君へ


私にもう時間が無いため、手紙でしか伝えられないことを許してほしい。


おそらく一日、二日の猶予といったところだろう。


そして君が手紙を読む頃、私はすでに処刑されているはずだ。


だからこそ、最初に伝えておくべき事がある。


逮捕を待つ今、私が君を恨む事は無いし、絞首台に立つ時もそれは変わらない。


なるべくしてなったのだから。よって、自責の念に溺れた馬鹿な行動は謹んでほしい。


さて、反乱分子として目をつけられた私の処刑は逮捕から七日後であることを踏まえると、先にも述べたが寿命が八、九日といったところだろうか。


だが、これに対して不思議と一切の恐怖を感じていない。


それよりも遥かに、この死がもたらす影響に高揚を禁じ得ない。


私の捕縛で君の命が救われ、死が君を励まし、君の中で、記憶の中で永遠のものとなり続ける事。


これ以上の喜びがあるだろうか。


本来ならこうなる前に、面と向かって君に気持ちを打ち■■■■■■■■が、どうにも叶わないらしい。


君と同じ志、同じ道を歩めたこと、私にとっての宝である。


親愛なるシモノフ君の幸福と、我ら下民に栄光があらんこと。

                          親愛なる友、オルガより

 


 手紙を発見するより七日前、オルガとシモノフは党治安局により「民衆先導による国家転覆」の容疑で逮捕された。


彼女は単独犯として容疑を認めたが、男は容疑を長時間否認し続けた。


そして己の志、ましてや彼女との交友関係すら否定してしまったのである。


聴取後、当局員に連れられ廊下を歩いていると、顔を腫らしたオルガとすれ違った。


オルガは男を見ると、優しく微笑み、廊下の奥へ続く暗闇へ消えてしまった。


その晩、危険なテロリストが逮捕されたと報道された。


公開処刑は七日後に行われると予告された時、男は犯した罪に喉から胸が裂かれる気持ちで、目から臓物を撒き散らさんばかりに泣いた。


出会ったときから志を共に契を交わした時までの絆を、己の身可愛さに売り渡した。


まるで首がきつく結ばれ足が地についてない思いであった。



 七日後、男は野次馬の中にいた。


友の最後を見届けたいという気持ちに突き動かされていた。


そしてその時は来た。


絞首台に立つオルガ。


その様子はとても気高く、曇り一つ無い空のように澄んでいた。


彼女はこちらを見ると、あの時のように、いや、いつも見せる優しい笑顔で男を包みこんだ。


その笑みは、男の心の深くにまで突き刺さる銛として貫き、それを最後に、ガタン…



 手紙を見つけたのはその晩の事であった。


オルガは碇のように男に深々と沈み込み、笑みは記憶の深くに焼かれ、シモノフにとって彼女は永遠のシとなった。

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平澤唯 @hirazawa_yui

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