#8 商人の嗅覚

昨日のレースが終わってから、頭の中がずっと騒がしい。


あの笑い声、あの熱気。あれは偶然じゃない。確実に“需要”がある。




俺――マーカスは、朝から町を歩き回っていた。


目的はただ一つ。出店交渉だ。




「昨日の湖の騒ぎ、見てたかい?」


「見た見た! あれ、面白かったなぁ」


「次もあるんだ。今度はもっとちゃんとしたレースになる。観客も増える。そこで、君の店の焼き串、出してみないか?」




「……乗った!」




交渉は順調だった。


果物屋、パン屋、雑貨屋、酒場――みんな昨日の熱狂を覚えていた。


あれが“ただの遊び”じゃないことに気づいている。




「賭けもできるようにしたら、もっと盛り上がるだろうな……」




僕は独り言のように呟いた。


金が動けば、客の熱も上がる。声も出る。町も潤う。


それに、賭け屋があれば、観客の滞在時間も伸びる。飯も土産も売れる。




「……やるしかないな」




そう思って、湖へ向かう。


昨日のレースが行われた場所。あの水面の上に、何かが始まる予感がしていた。




途中で、ミネスと合流した。


彼も何かを感じていたようで、目が輝いていた。




「兄さん、ムウが……」


「ん?」




湖畔に着いた瞬間、僕は言葉を失った。




「……なんだ、これ」




湖面には、楕円形の魔道障壁が展開されていた。


透明な壁が水面を囲み、周回コースが浮かび上がっている。


さらに、湖畔の一角には浮遊式の観覧席がせり上がっていた。




「……ムウ、やりやがったな」




ミネスが笑いながら言った。




「昨日のレース、見づらかったって言ってたから。観客席もつけたらしい」




僕はしばらく呆然と眺めていたが、やがて口元が緩んだ。




「よし。じゃあ次は……賭け屋の準備だ。町の連中、絶対乗ってくるぞ」




湖面には、昨日とは違う熱気が漂い始めていた。




これはもう、遊びじゃない。商売だ。祭りだ。町の未来だ。


俺の頭の中はもっと騒がしくなった。

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