泡沫のミュトス
狐守玲隠
1. フォスの歓び
産み落とされ、全身で世界を味わう。
歓びの瞬間。
自分の誕生を声を上げ、騒ぎ広め、祝いを求めた。
”私は誕生した。さあ、私を抱いて優しく撫でて、私の誕生を皆で祝って喜んで”
笑みを頬に浮かべ、愛を欲する。
皆に私の存在に気づいてもらおうと叫び続けるが、一向に私の肌に触れる者は現れない。
私を取り巻く環境がどのようになっているのか確認したくとも、視界がぼやけてはっきりと確認できない。
私は、何もできず、独りで泣いた。
泣き続けて、声枯れて、虚ろに沈んだ。
”愛して。贅沢な愛は求めてない。ただ、私の生を認めて、喜んでくれるだけでいい。私のこの歓びを肯定して”
誰にも届かない悲しみを言葉にして発することもできず、やるせなさだけを心で膨らませた。
どのくらい時が過ぎたのだろう。
気づけば、以前より少しだけ世界をはっきり見つめることができるようになっていた。
そして、理解した。
私の歓びを喜んでくれる人は誰もいないのだと。
私だけが輝いて、周りは全て単なる空っぽの暗闇。
歓びを肯定してくれる者どころか、何も無い世界に私は、独り産み堕とされたのだ。
”私を抱いてくれる愛はない”
本当は目を逸らしてしまいたい現実を、脳と胸で無理矢理、泣きながら噛み砕く。
宿命、運命、使命。
私の命には生まれつき呪いがかけられていた。
ということを嫌なことに、現実を飲み込む時、まとめて全部思い出してしまった。
その呪いによると、私は喜びを生み出す側らしく、己の歓びは塵にしてしまえということだ。
私は、自己を犠牲に喜びを生み出す存在。
反抗心なんて抱く気力すらなく、ただ呪いに縛られるまま、従い、喜びを生み出した。
青く美しい海に、眩しいほどの緑を放つ山。
喜びに満ちるものたちを心の奥底で羨望した。
私は得られなかったのに、と。
けれど、自分が生んだものたちに醜い感情を抱いているということを自覚するたび吐き気がした。
孤独の闇に埋もれながら、己をこれ以上嫌いにならないために一つ自分のために喜びを生もうと思った。
”どうか、願わくは私のような者たちに救いがありますように。そして、いつか許されないと分かっているけれど、誰か私を愛して”
私のために私のようなもののために、己の力を削って、私なりの愛を込めた、天を私は生んだ。
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