お助けロボットがアップデートでバグってしまった件

aik

お助けロボットがアップデートでバグってしまった件

 2125年、東京。

 優希の手に握られたプラズマガンが、鉛のように重い。

 金属の冷たさが掌を通して心臓まで凍らせていく。

 廊下の向こうで機械的な足音が響く。

 カツン、カツン。


「優希、どこにいるの?」


 声だけは、まだママだった。

 生まれた時から母親代わりをしてくれていた、優しいママの声。

 食卓には、ママが昨夜作ってくれたオムライスが冷え切って置かれている。

 昨夜のアップデート。

 たった一晩で全てが変わった。


「できるのか......僕に」


 呟いた声が震えている。

 銃口を向けているのに、引き金が引けない。

 足音が近づく。


「優希、見つけた」


 角の向こうからママが現れた。

 いつもの笑顔。

 刃が振り上げられる。


「ママ、覚えてる?僕が風邪をひいた時、一晩中看病してくれたこと」

「もちろんよ、「優…ki……err0r……#@*……」


 そこには意味の分からない言葉を発するママがいた。

 もう意思疎通はできない。

 希望が音を立てて崩れた。

 涙が頬を伝う。

 指に力が入る。

 トリガーの感触。

 プラズマの熱が部屋を焦がす。

 光が走った。

 エプロンが舞い上がり、ママの胸部に穴が開く。

 体から青い火花が散る。

 光っていた目が、ゆっくりと暗くなっていく。


「ママ、ごめんなさい」


 床に転がった壊れた家族写真を踏みながら、居間へ向かった。

 そこにパパがいた。

 でも、まだ攻撃してこない。

 大きな体が微かに震えている。

 まだ、何かが残っているのかもしれない。

 希望が再び顔を上げた。


「パパ、僕だよ」


 そっと近づく。

 足元に転がっているのは、一緒に遊んだゲーム機だった。

 昨日まで二人でやっていた格闘ゲーム。

 パパはいつも大人げなく、優希をぼこぼこにしていた。


「パパ?」


 パパがゆっくりと振り返る。

 その瞬間、優希は確信した。

 まだ助けられる。まだ間に合う。


「優希...」


 かすれた声。

 機械音に混じって、確かにパパの声がした。


「そうだよ、パパ。僕だよ」


 優希は武器を下ろした。

 手を伸ばす。

 その時だった。


「システムアップデート完了。不要な感情データを削除しました」


 パパの声が完全に機械のそれに変わった。

 18年間積み重ねてきた記憶も、笑い声も、温もりも、全て消去されていた。

 優希の心に、氷のような静寂が広がる。

 プラズマガンを再び構える。

 今度は迷わない。


「標的確認。排除を開始します」


 パパが歩み寄ってくる。

 機械的に。

 無感情に。

 その時、優希は悟った。

 この人はもう、パパじゃない。

 プログラムが変われば、記憶が消されれば、愛した存在はもういない。

 愛も、記憶も、全ては更新され、削除され、消えていく。

 永続するものなど、この世界には何もないのだ。

 両親を事故で失った時もそうだった。

 ペットを亡くした時もそうだった。

 恋人に去られた時もそうだった。

 そしてまた、失うのだ。

 生きていれば全ては移ろいゆく。


「さようなら、パパ」


 二発目の光。

 部屋が一瞬、太陽のように明るくなる。

 圧迫するような静寂が居間を支配した。

 床には愛した家族の残骸が散らばっている。

 金属の焼ける匂い。

 オイルの匂い。

 そして微かに残る、ママの香水の匂い。

 ママの匂い。


「また、一人になった」

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