第9話 謁見

 セレスティアはかなり久々に訪れた王城で、綺麗なドレスに着替えさせられた。


 ディータとの生活で少しばかり太ったかも知れないと、セレスティアは思う。


 彼との生活はとんでもなく幸せで、ディータが用意するままに好きなだけ好きな物を食べていたから。


 かつてのサイズで作られたのだろうドレスは、今では少し…ほんの少しだけ、窮屈な感じがした。


 コルセットで締め付けられるのが久々だからだわ、そうに違いないわ、と言い訳をして、セレスティアは国王陛下に呼ばれた謁見の間の扉を潜った。



 陛下は見慣れた玉座に座り、真面目な表情をしてはいるが、よく見ると親しい人間でなければ分からないだろう程度にだが眉を下げている。

 セレスティアは、そんな陛下からの言葉での謝罪を受けた。


 一国の王となれば、軽々しく頭を下げるわけにはいかないのだから、内心でどれほど申し訳ないと思っていたとしても、陛下としてもこれが限界だったろう。

 それでも、自分に可能な範囲で、誠実な対応をしてくださったのだ。


 セレスティアはそれに驚いて息を呑んだ。


 婚約者だったセシル第一王子殿下の父親と、息子の婚約者となった王子妃候補の令嬢。

 顔を合わせる度に互いに笑顔を浮かべ挨拶し、娘となる日を楽しみにしていると言ってくださっていた。


 こうなる直前までは、決して悪い関係では無かったのだ。



「次代の王となる権利を所持する人間が、妻となる人間を無実の罪で貶め、さらには冤罪にも拘わらず命まで付け狙うなどと…許し難く、由々しき自体である。

 既にこの件について事を収めはしたが、これ程までも愚かな男を育ててしまった父親として、私はそなたに直接謝りたかったのだ。

 セレスティア・フェアバンクス嬢、本当に申し訳なかった。

 あの愚か者は今は貴族牢に入れてあるが、この後断種し北の僻地の塔へと身柄を移し、そう遠くない未来…恐らくは病を得る事となろう。

 あれが選んだという子爵家の娘は貴族籍を抜き平民となった後、王族に対する虚偽、公爵家の令嬢に対する度重なる名誉既存と窃盗の罪で強制労働となった。

 もうどちらも其方と会うようなことはあるまいが、それでも、未だ騒ぎは収束したと言い切れん。

 今後の安全と、必ずや其方の汚名を雪ぐ事を約束しよう。

 そして、辛く恐ろしい目に遭わせてしまった詫び、と言ってはなんだが、何か一つ、欲しいものをそなた個人に譲りたいと考えている。

 これまで真面目に王子妃教育や公務を務めてくれた、私の娘にし損ねたそなたに。

 何が欲しい?

 宰相あたりはうだうだ文句を言うだろうが、国宝でもなんでも構わない。

 好きなものを持って行くがいい。」



 と言う王の言葉に、セレスティアはハッと目を見開いた。


 本当にいいのだろうか、と言うように、音もなく口をぱくぱくと動かすセレスティアの様子に、日頃から冷静で淑女然とした令嬢と言われるセレスティアにしては珍しい反応を見て、どうやら欲しいものが決まっているのだと王は判断をする。


 言い難いのだろう、ならば一先ず背を押す必要があるかと考えて。



「なんでも、だ。セレスティア、言ってみなさい。」


 先程までの真剣な眼差しをゆるりと緩め、優しく返事を促した。



「……本当に、なんでも…?

 それなら、それなら、わたくしは——…、」



******



「今日からお前はフェアバンクス公爵家の入婿になる。」



 と、ディータは、長らく留守にしていた実家の、家長、つまりは実父のコムストック伯爵から唐突に書類を突きつけられた。

 どうやらこの書類に署名をしろという事らしい。


 ディータは手渡された書類に目を落とす。


 婚姻申請書である。


 目の前に立つ父の顔に目線を移す。


 再び書類に目を落とす。


 婚姻申請書である。


 二度見したが、婚姻申請書であった。

 正直、意味がわからなかった。

 先程伝えられた言葉は空耳かと思ったが、どうやら本当の事のようだ。



「は?」



 としか口に出せなかった。

 未だかつて、ここまで謎に包まれた任務—…任務か?を言い渡された経験はなかった。


 何もかもを秘密裏に始末をつけ、セレスティアを王城の国王陛下の元に送り届けたのが、今日の昼間のことだった。


 その後、報告のために実家へ足を運んだディータは、これまでセーフハウスにいた間に溜まっていた(なぜ誰もやってくれていないのか)書類を片付けるため、致し方なく!セレスティアの護衛を交代して、こんなもんとっとと終わらせてセレスティアの護衛に戻るぞ、と執務に励んでいたのだが。


 そうして外が暗くなって、一度仮眠をするかなと考えた頃合い。


 実父から呼び出され、そうして父の執務室を訪れたのだ。


 そこで聞かされたのがこのセリフであった。

 ディータには、前後の流れもさっぱりわからず、「は?」としか言いようがなかったのだ。



「ひょっとして、そういう任務か何かですか?」


「なんでそうなるんだ。」



 珍しくキョトリとしている四男の姿に、実父であるコムストック伯爵も苦笑いしかない。



「まぁ、賠償の品、とでも言うのかな。

 セレスティア嬢の望みの品だと言うのだから、つべこべ言わずに行きなさい。」



 『王家の影』という存在は、その全てが王の所有する『物』なのだから、今度の件に関する王からのお詫びの品として、お前を譲り渡す事となったのだ、と。



「ちなみに、お前に断る権利は初めからない訳だが、どちらにしても断らんだろうから既に同意をし署名捺印しておいた。

 こんな粗品で申し訳ないと思わんでもないが、それが欲しいとおっしゃるのだから。」



 と、ディータは実家を放り出され、表に待っていた公爵家所有の豪華な馬車に、強引に詰め込まれたのだった。

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