KISARAGI

黒巻雷鳴

KISARAGI

 きょうも終電で帰路につく。

 おれは俗に言うところの、ブラック企業の社畜サラリーマンだ。

 会社の最寄り駅がこの路線の始発なため、高確率で座席にすわれるのが唯一の救いだろうか。

 おれは、背もたれに身体をあずけつつ、瞼を閉じる。

 あしたも帰りが遅くなるに違いない。それでも、タイムカードは定時で切る。

 そして、サービス残業。毎日がその繰り返し。

 暗黒の将来に悲観し始めた矢先、ふと、車内の異変に気がついた。

 目を開ける。

 走行中の列車内には、おれ以外誰も居なかった。

 そんなはずは……思わず立ち上がる。

 と、同時に、電車が減速して駅に停止した。

『きさらぎ駅、きさらぎ駅、終点です──』

 なんだって? 終点? もう? それに、きさらぎ駅だなんて初めて聞いた駅名だぞ?

 自動で開かれたままのドア。おれは致し方なく降りることにした。

 その駅は──きさらぎ駅は無人駅のようで、駅員の姿も他の乗客の姿も見えない。何気なく腕時計の時刻を見ると、六時で止まっていた。

 六時……まさか、退社時間?

 今度は手に持っていたリュックからスマートフォンを取り出す。圏外だ。

 いったい何処なんだ此処は。駅を出ればタクシー乗り場くらいはあるだろうと考え、無人の改札口から外へ出る。だが、タクシーは停まってはおらず、周囲は民家や街灯すら見当たらない闇の世界だった。

 どうやら、歩いて帰るしかなさそうだ。

 大きな道路に出られれば、そこでタクシーを拾えるかもしれない。おれは暗い夜道をトボトボと線路沿いに一人歩いた。

 それにしても、なにも無いところだな。

 相変わらず圏外のままのスマートフォンのライトで行く先を照らしながら、空を見上げる。曇り空で月や星は見えないが、雨は降らなそうだ。

 その時だった。

 遠くから子供の声が聞こえた。

「おーい」

 スマートフォンのライトと共に、辺りを見回す。

「おーい」

 ふたたび聞こえた子供の声。今度は一人ではなく、大勢の声だ。

「ウフフ」

「アハハハハ」

 何人もの笑い声が、背後から聞こえてくる。

 それらの笑い声が、だんだんと近づいてくる。

 おれは恐怖のあまり叫びながら走った。

「おーい」

「おーい」

「おーい」

「ウフフ」

「アハハハハ」

「待ってよ」

「ねえ、待ってよ」

「逃げても無駄だよ」

「どうせ捕まるよ」

「おまえは食べられるんだよ」

 迫ってくる子供たちの声。

 食べるって、なんだよ?! おれは喰われるのか!?

 手汗でスマートフォンが滑り落ち、その拍子におれは勢いよく転んだ。

 声が近づいてくる。

 子供たちの声が。

 いただきますと、最後に聞こえた。






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KISARAGI 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

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