ずっと、ずっと好きだった……

月影 流詩亜

ぬいぐるみが見守った、十年越しの初恋


 ​ 放課後の教室。


 窓から差し込む西日が、友人たちと笑い合う君の横顔をキラキラと照らしている。

 その輪の中心にいる君、能美奏太のうみ かなたくんを、私は少し離れた席から見つめていた。


 ​ 小学生の時、私の世界はとても小さくて、三毛猫のぬいぐるみ『ミケ』だけが心の支えだった。

 そんな私の硬く閉じた扉を、いとも簡単に開けてくれたのが奏太くんだった。


 隣にいるのが当たり前だったはずなのに、高校生になった今、君との間には見えない境界線がある気がして、少しだけ遠くに感じる。


 ​ ふいに、君と目が合った。


 心臓が大きく跳ねて、私は慌てて机の上に視線を落とす。


 この長年の想いを伝えたい。


 でも、この心地よい関係が壊れてしまうくらいなら、このままでいいのかもしれない。


 そんな臆病な考えが、胸の中で渦巻いていた。


 ​ 帰り道、昇降口で偶然、奏太くんと一緒になった。


「青山さん、一緒に帰らない?」


 昔みたいに「詩乃ちゃん」って呼んでくれればいいのに。

 そんなことを思いながら、緊張でぎこちなく頷く。並んで歩く道は、昔と何も変わらないのに、私たちの間の空気は少しだけ違う。


 ​「最近、何か考え事?」


 不意に、奏太くんが私の顔を覗き込むようにして言った。


「あの頃みたいに、俺でよかったら話、聞くよ」


 ​ その優しい声に、記憶の蓋が開く。


 あの日、公園の丘でミケを失くして半べそだった私に、奏太くんは同じことを言ってくれた。


「一緒に探そう」って。


 私の大切なものを、奏太くんはいつだって、一度も笑わずに受け止めてくれた。


 ​ そうだ。あの時も、君がいたから私は前に進めたんだ。

 私は立ち止まり、意を決して奏太くんを見上げた。


「奏太くん、あの……大事な話があるの。

 昔、よく一緒に行った公園の丘で、待っててくれる?」


 ​ 夕日に染まる丘の上で、奏太くんは先に着いて私を待っていてくれた。


「覚えてる? 私がいつも抱きしめてた、ミケのこと」


 奏太くんが静かに頷くのを見て、私は言葉を続けた。


「あの日、ミケがいなくなって本当に心細かった。

 でも、奏太くんが一緒に探してくれたから見つけられたんだ。 ミケは私のお守りだったけど、奏太くんも、私にとって同じくらい……ううん、それ以上に大切なお守りみたいな存在だったんだよ」


 ​ まっすぐに、奏太くんの目を見る。


 もう、視線は逸らさない。


「あの日からずっと……ううん、多分もっと前から。

 ずっと、ずっと好きでした」


 ​ 言い終えた瞬間、心臓の音がうるさいくらいに響く。


 奏太くんは少し驚いた顔をした後、ふわりと、あの頃と何も変わらない優しい笑顔になった。


 ​「俺もだよ。 ぬいぐるみを大事にする詩乃ちゃんも、少しずつ強くなっていく詩乃ちゃんも、ずっと側で見てきた。 これからも、一番近くで見ていたい」


 ​ その答えに、視界が滲む。


 長年の想いが、春の風に溶けていくようだった。


 ​ 家に帰り、自分の部屋の窓辺に目をやる。


 そこには、優しい日差しを浴びてちょこんと座るミケがいた。


 私はその古びたぬいぐるみにそっと微笑みかけた。


 ​「ミケ、ありがとう。私、勇気出せたよ」


 ​ ミケは何も言わないけれど、その刺繍ししゅうの瞳が、私の新しい始まりを静かに祝福してくれているように見えた。



── 完 ──



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ずっと、ずっと好きだった…… 月影 流詩亜 @midorinosaru474526707

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