近所の町中華に行った話
町中華というのは、私の想像が正しければの話であるが、エネルギッシュで、賑やかで、街のエネルギー源となる場所である。
そもそも、私は生まれてこの方もったいのないことに中華料理屋というものに行ったことがなかった。
おそらくは、他のファストフード店のほうに入ってしまうのと、住んでいたところの近所に中華料理屋がなかったからであろう。
引っ越した折、私は家からすぐ近くに、町中華があるのを認めた。であるから、今私が店の目の前にいるというのは何ら不思議ではないことだ。
のれんのかかった扉が、少し私の緊張を和らげる。ちょっとばかり深呼吸をして、店の敷居をまたぐ。
らっしゃっせー、と店員が鍋を振りながら言う。想像していたほど、店内は熱気にあふれておらず、逆に想像との温度差で涼しいとすら感じた。
店内は思い浮かべていた町中華の狭さで、カウンター席は八席ほど、そして座敷風になっているテーブル席が二つあった。一方のテーブルはよく見る回転テーブルだが、なぜかもう片方は普通のちゃぶ台である。
幸い、朝食とも昼食ともいえない絶妙な時間帯に訪れたので、一人も人はいなかった。
壁にはメニュー表がかかっているが、テーブルとカウンターにもメニュー表がある。
しげしげとどのような品があるか眺める。
「青椒肉絲」「麻婆豆腐」「天津飯」
なぜジョージア料理が一品だけあるのかは謎でしかないが、まあ無難に麻婆豆腐でも頼んでおくか。
「店員さん、麻婆豆腐一つ」
「注文される前に座ってください」
「ああ、すみません」
とりあえず回転テーブルがある方のテーブルにでも座っておくか。荷物を座らない方の椅子にやって腰をどっかりと落ち着かせる。
予行練習で、回転テーブルを使っておくか。
妙に固いな。メンテナンスしてないのか?
「すみません店員さん。この回転テーブルってどう使えばいいですかね?」
「それ縦回転ですよ」
言われた通り下にぐいっと押してみると、ちょうどコインがトスされた時のようにテーブルが回転し出した。なるほど、いやこれは恥ずかしい。一度も中華料理屋に来たことがなかったので、全く知らなかった。
料理風景も見ていくか。丸まった背中をシャンと伸ばして、あぐらをかいていた足を正座させ、高さを確保。これによって厨房を覗き込める。
IHだ……。コンロじゃない。IHだ……。町中華はIHで作れるのか。鍋にバターをとかして、鶏肉を押し焼いている。そしてしばらくして残った鶏のうまみの残る油にナッツとニンニクを入れて煮立て……。
შქმერულიの完成だ。私以外に客がいるのかとも思ったが、やはりいない。შქმერულიなんて日本では松◯以外で見たことないぞ。
というか私は麻婆豆腐を注文したはずだが。
「すみません。私が注文したの麻婆豆腐なんですが」
「お客様すみません。なかなか注文しないのでშქმერულიを注文したものだと」
「まあ食べますけど」
ああ、懐かしい故郷の味だ。
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