[カピパラ、路頭に迷う]【不思議・奇怪】

 カピバラのカピオは、森の昼寝から目を覚ますと――知らない街にいた。

 アスファルトはまるで鏡のように曲がりくねり、空からはオレンジ色の羽毛がふわふわと舞い降りる。

「……ここ、どこ……?」

 鼻をひくひくさせるカピオの視界に、突然、靴下だけを履いた自転車が空を泳ぎながら挨拶した。


 歩き出すと、スーツ姿の猫が三角形の頭で浮かび、名刺を差し出した。

「今日からこの会社で働きませんか?」

「いや、ぼく森で昼寝してただけです……」

 猫は真顔で、「森は甘い、社会は森を映す水溜まり」と言い、溶けるように消えた。

 空から自動販売機が降ってきて、ジュースの缶が頭に当たると、缶は「こんにちは!」と話し出し、消える前にカピオにウインクした。


「……え……?」


 振り返ると、道路は突然ゼリーのようにぷるぷる揺れ、歩くたびに足が沈む。

 トラックのタイヤはバナナでできており、前に進むたびに「ぺちぺち」と拍手の音を立てる。


 街路樹は歩きながら自分の枝で拍手し、たまに花から小さなカエルがポンと跳び出して空を飛んだ。

 看板は「今日の天気:晴れのちカピバラ、午後は夢」と表示される。

 カピオは首をかしげ、ため息をついた。

 しかしそのため息は空で風船になり、街全体を包み込み、ビルがゆらゆら踊りだす。

「……森の方が平和だったな……」

 その時、カピオの影が一人でに手を振り、影同士で会話を始めた。

 カピオ自身の耳からは、なぜか昨日食べた葉っぱの味がする歌が流れた。

 誰も理解できない世界の真ん中で、カピオはただ、首をかしげ、目をぱちくりさせるだけ。


 路頭に迷うとは、こういうことなのかもしれない。

 そして、空に浮かぶ街灯が「こんにちは」と言う。


 カピオは小さくうなずいた。


「……なるほど……」

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