#20 わこつ〜
「バズったぞ!」
開店準備の空気がまだ残る夢見亭のカウンターで、店長がひとり高らかに宣言した。
誰に向けてでもなく、ただ空間に向かって放たれたその言葉は、誰にも拾われないまま宙を舞う。
「顔の良いメイド4人が妖精の花園を見つけて?妖精女王と会って?攻略情報聞き出してくる!バズる要素しかないが????しかも水着姿だぞ!?君たち、動画化に関しては事前に聞いたよな?有用な情報が詰まってるから水着姿でも仕方ない、いいよって感じだったから大変助かった!」
店長の声はどこか誇らしげで、語尾に自信が滲んでいた。たぬまりは1人で喋っててちょっと恥ずかしいなと思ったが、スルーした。
店内はすでに戦場になっており、店長に構っている余裕がなかったのだ。
「はいはい店長、あとでねー」
「ご注文はホットサンドとハーブティーですね、かしこまりました」
「えっ、これがその動画?妖精の花園とかよく見つけたな」
「この紅茶、ほんとに魔法みたい!」
「料理持っていけー!次ー!」
ツバキの声が厨房から響き、メイドたちはお客さんの間を縫うように動き回っていた。
店内の壁に設置された大型モニターには、例の動画が流れている。
謎の龍、妖精の花園、ナイトプールでの戦闘、VIPルームでの女王との謁見。
お客さんたちは楽しそうに画面を指差して感想を語り合っていた。
閉店後。
ようやく静けさが戻った夢見亭で、たぬまりたちはミーティングに集まっていた。
店長はホワイトボードの前で腕を組み、満足げに頷く。
「もう、バズった効果はみんな今日の仕事で体感したと思う。動画の再生数もまだまだ伸び続けているし、チャンネル登録者もかなり増えた。」
ほうほう。
「そこで、だ。生配信もやった方がいいと思う。現実では正直、配信に回す余裕がないから、ゲーム内で持ち回りで配信するんだ」
なるほどー。
たぬまりは、こくりと頷いた。
みんなも、特に異論はないようだった。
今夜もSomnariaにログイン。
夢見亭の店内にログインしたたぬまりが、最初に聞いたのは——
「はい、こんばんはー!ひがちーだよ!コメントはどこだ〜?ここかー!音量バランスとかは気にしなくていいだよね?ハイテクー♪はいはい、わこつありー。おっ、たぬき………たぬまりちゃんおはよー!」
ひがちーだった。
カメラの前で、テンポよく、ノリよく、ひたすら喋っている。すごすぎる。
「ひがちー先輩、配信に慣れすぎじゃない?昔やってた???」
たぬまりは、画面の端で小さく映る自分を見ながら、ぽつりと呟いた。
ともかく、今日はひがちー先輩の配信らしい。
店内のモニターには、配信画面が映し出されている。
コメント欄もリアルタイムで表示されていて、視聴者の声が次々と流れていた。
【コメント】
わこつ〜!
ひがちーのテンション安定してて草
たぬまりちゃん来た!かわいい!
今、たぬきって言ったよな?
たぬき草
水着回の人たちだ!
夢見亭の飯、ほんとに美味しそうなんだが
ツバキさんの料理魂また見たい〜
モモちゃんは?モモちゃん出る?
この店、現実にあったら通うわ
ひがちー、カメラ近いwww
たぬまり、今日も眠そう
「コメントありがと〜!今日は店内からお届けしてるよ〜!ツバキさんが料理してるから、あとで見せるね!たぬまりちゃんは今日もかわいいです!はい拍手〜!」
ひがちーは、コメントを拾いながら軽快に進行していく。
たぬまりは、配信画面の中で自分が映っているのを見て、ちょっとだけ背筋を伸ばした。
本日のたぬまりは店内シフトに入っていた。
とはいえ、まったり過ごす予定だったのだ。
「あ、そうだ。拾ってきた食材でご飯作ってもらお」
インベントリから取り出したのは、ミズノハミント、シダリ根、ヒカリ苔。
どれも水辺で採れた、少し変わった食材だった。
「ツバキさん、作って〜」
「おっ、これまた面白そうな食材持ってきたな」
ツバキは目を輝かせ、すぐに厨房へ向かう。
たぬまりも、調理の様子を見に行く。
ツバキが料理しているところを見るのは、結構好きだった。
ツバキが厨房で料理を始める。
たぬまりが持ち込んだ食材——ミズノハミント、シダリ根、ヒカリ苔——を使って、魔法料理が展開されていく。
「料理魂、起動っと」
調理器具がふわりと浮かび、魔力の光を帯びる。
包丁が光の軌跡を描き、鍋が淡く輝き、フライパンの縁には炎が走る。
【コメント】
うわ、包丁光った!
料理魂きたーーー!
演出かっこよすぎて笑う
ユニークスキル?
ツバキさんの料理、ほんとに魔法なんだな
ヒカリ苔って食べられるの!?
ミントティーってありなんだな
たぬまりちゃん、運ぶ姿かわいすぎる
このゲーム、飯テロすぎるだろ
ツバキの料理構成:
• 主菜:シダリ根と鶏肉のとろみ煮込み
• 副菜:野菜のグリル・ヒカリ苔の香草バター添え
• スープ:星茸と豆のコンソメスープ
• デザート:星果のゼリー・苔の砂糖漬けトッピング
• お茶:ミズノハミントティー
たぬまりは、ホールへ料理を運びながら、配信カメラに向かって小さく手を振った。
視聴者のコメントがまた盛り上がる。
【コメント】
たぬまりちゃん、運び方までかわいいのずるい
ゼリー光ってる!?
美味そう
夢見亭の飯、現実に出してくれ〜
極悪メシテロリスト
—
たぬまりは、自分の分を持ってソファに戻った。
コンソメスープをひと口。
星茸の旨みがじんわり広がり、豆の甘みが後を引く。
煮込みは優しくて、グリルは香ばしくて、ゼリーは幻想的で——
どれも、心まで満たしてくれる味だった。
お気に入りのソファ。
温かい人たち。
美味しいごはん。
「とっても楽しいかも」
たぬまりは、ミントティーのカップを持ち、少し目を閉じる。
夢見亭は今日もにぎやかで、これからもっと楽しくなりそうな予感がした。
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