夕暮れ
時岡継美
夕暮れ
白い息が煙のように舞う。
大好きなタカシを見上げると、目が合った。
「寒いな」
タカシが鼻をすすりながら笑う。
夕日が、空もアスファルトもわたしたちのことも、すべてをオレンジ色に染めあげている。
タカシと並んで上り坂を歩くこの瞬間が、たまらなく好きだ。
わたしは無性に嬉しくなって駆け出した。
「わ! なんだよ突然」
文句を言いながらも、わたしに引っ張られるがままタカシも一緒に走ってくれる。
坂を上り切って右に曲がれば家に到着……のはずが、なぜかタカシが立ち止まった。
「待って。今日はこっち」
どういうこと?
首を傾げながら左へ曲がるタカシについていく。
「もう少し遠回りして帰ろっか」
その提案が嬉しくて胸が高鳴る。
それなのに、なんだかタカシの様子がおかしくて、わたしはだんだん不安になってきた。
だって、タカシが緊張しているのが伝わってきたから。
なんだろう?
タカシが口を噤んだまま数歩先をずんずん歩いていく。
妙な胸騒ぎを抱えながら背中を見つめていると、タカシが急に振り返った。
腕をこちらに伸ばしてきて……冷たい指先がわたしの頬に振れた。
思わずいつものように、大きな手に頬を摺り寄せてタカシを見上げる。
わたしをふわっと抱きしめたタカシが耳元でぽつりと言った。
「ごめん」
え?
次の瞬間、わたしを抱き上げたタカシが猛ダッシュで角を曲がり、ビルの中に入っていく。
ハッ! ここは!
「シロ、騙してごめんな。まっすぐ行くとすぐ気付いて動かなくなるだろ?」
ジタバタ暴れても、もう遅い。
タカシはわたしをがっちり抱えたまま、駅前動物病院の受付カウンターに診察券を出した。
「シロちゃーん、こんにちは! 今日はお注射頑張りましょうねー」
受付のお姉さんがにっこり笑った。
夕暮れ 時岡継美 @tokitsugu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます