第14話


戦いを終え、荒い息を整える三人。

静けさを取り戻した雪原に、軽やかな足音が響いた。


「いやぁ、お見事お見事」


三人が振り返ると、雪煙を払うようにリナが立っていた。

真紅のマントを翻し、にやりと笑う。


「ちょっと目を離したら、新しいお友だちまで増えてるじゃない」


ノエルが警戒して一歩下がる。

「誰……?」


カイが低く答える。

「油断するな。こいつは危険だ」


リナは肩をすくめる。

「あら、紹介してくれないの? 冷たいなぁ」


彼女はノエルに歩み寄り、くるりと回り込む。

「ふむふむ……氷術師の見習い、ってところかしら?

 未熟だけど、可愛いじゃない。気に入ったわ」


ノエルは頬を赤らめて言い返す。

「勝手に決めつけないで!」


リナの瞳がふと鋭さを帯びた。

「でもね、あんたたち。黒衣の影を甘く見ないことね。

 今のはただの遊び――本気を出されたら、生きて帰れないわ」


ユウは拳を握る。

「それでも……ぼくは届ける。どんなことがあっても」


リナはにやりと笑った。

「その意気。ますます面白くなってきた」


そう言うと、彼女は雪煙とともに去っていった。

残されたのは、冷たい風と彼女の笑みの余韻だけだった。



ノエルが小声でつぶやく。

「……なんなの、あの人」


カイは苦い顔をする。

「敵か味方か、それさえわからん」


ユウは手紙を抱え、遠くに輝く光を見つめた。

「だけど……きっと、また会う」


白き塔へ続く雪原。

三人は黙々と歩いていた。


だが空は急速に暗くなり、風が唸りを上げ始める。


「……来るぞ」

カイが空をにらむ。


次の瞬間、吹雪が大地を呑み込んだ。

視界は白一色、互いの姿さえ見失いそうになる。


「ユウ! こっちだ!」

カイの声がかき消される。


足元の雪が崩れ、ユウの体が傾いた。

「うわっ――!」


その腕を、ノエルが必死に掴んだ。

「離さないで!」


小さな体で必死に踏ん張り、氷術を発動する。

足元の雪を凍らせ、崩落を止めた。


「……助かった」

ユウが震える声で礼を言う。

ノエルは顔を真っ赤にして首を振った。

「仲間でしょ、当たり前だよ!」


しかし吹雪は容赦なく吹き荒れる。

今度はカイが声を張り上げた。

「列を崩すな! 俺の声を追え!」


彼は剣を雪に突き立て、目印を残しながら進む。


ユウはその背を必死に追い、ノエルは震える指で光る氷を作り出した。

小さな氷灯が三人を繋ぎ、白の中で消えない道しるべとなる。


やがて、風が次第に弱まっていった。

吹雪が止み、星空が広がる。


三人は肩を寄せ合い、雪の上に座り込む。

息は荒く、体は冷え切っていた。


「……死ぬかと思った」

ユウが笑うように吐き出すと、カイも苦笑した。

「だが、持ちこたえた」


ノエルは氷灯を見つめながら小さく笑った。

「三人なら……行けるかもしれないね」


白き塔の光は、吹雪の向こうでなお揺らめいていた。


雪原を越えた先に、それはそびえていた。

天を貫く白の巨塔。


「……これが」

ユウは思わず息を呑む。


氷でできたかのように輝き、表面は光を反射して淡く揺らめく。

近づくほどに冷気が増し、指先が痺れる。



塔の入口は閉ざされていた。

巨大な石扉に古代文字が刻まれている。


カイが眉を寄せる。

「読めるか?」


ノエルは首を振った。

「古代語……私の知識じゃ無理」


そのとき、背後から声が響いた。


「困っているようだな」


三人が振り返ると、雪を踏みしめて一人の男が立っていた。


灰色の外套に身を包み、白い杖を手にしている。

その瞳は氷のように冷たくも、どこか懐かしさを帯びていた。



「あなたは……?」

ユウが問うと、男は静かに扉へと歩み寄る。


「名を名乗るほどの者ではない。

 ただ……この塔を越えた者に、試練が待つことを知る者だ」


彼は指で古代文字をなぞり、淡く光を灯した。

石扉が低く唸り、ゆっくりと開いていく。


「道は開いた。だが選ぶのはお前たちだ」


ユウは息を飲み、手紙を胸に抱く。

カイは剣に手を添え、ノエルは氷の灯を掲げる。


「俺たちは進む」


三人の声を聞いた男は、微かに微笑んだ。

「ならば――その選択を見届けよう」



白き塔の中は、冷たい静寂に包まれていた。

そして、謎の旅人は影のように三人の後をついてきた。

彼が敵か味方か――それは、まだ誰にもわからなかった。

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