野々村鴉蚣

 オイラの名前はタマ。この家で飼われている猫だ。


 毎日毎日、同じ景色ばかり。窓の向こうには広い世界が見えるのに、オイラはこの家から出ることができない。網戸を引っ掻いて「出して」とアピールしても、飼い主のお父さんは首を振る。


「猫は外に出ちゃダメなんだよ、タマ」


 お父さんはそう言って、オイラを抱き上げる。飼い主の男の子は時々オイラを外に出そうとしてくれるけれど、その度にお父さんに止められてしまう。オイラはますます外への憧れを募らせていった。


 ある日のこと、窓の外から声が聞こえた。


「ニャーオ、ニャーオ」


 猫の声だ。まるでオイラを呼んでいるみたいじゃないか。


 次の日も、その次の日も、外から声が聞こえる。だんだんはっきりと聞こえるようになってきた。


「タマ、こっちへおいで」


 オイラは窓にへばりついて外を見つめた。自由に走り回れる広い世界。鳥を追いかけたり、草の匂いを嗅いだり、きっと素晴らしいに違いない。


 その声はオイラの心をくすぐった。同じ猫同士、きっと分かり合えるはずだ。網戸を引っ掻く回数が増えた。「出して、出して」と鳴く回数も増えた。


 でも家族は相変わらずオイラを外に出してくれない。それでも外の猫はオイラを呼び続けた。毎日、毎日。


「タマ、一緒に遊ぼう」

「タマ、外は楽しいよ」

「タマ、仲間になろう」


 オイラの外への憧れはどんどん強くなっていく。この狭い家にいるより、あの広い世界で自由に生きたい。きっと外の猫が案内してくれるだろう。


 今日もその声が聞こえる。オイラは窓際で耳を澄ませた。いつものように優しく呼びかけてくれるその猫に、早く会いたくて仕方がない。


 静かな夜、またあの懐かしい声が響いた。オイラは嬉しくなって窓に駆け寄った。


 そして聞こえてきたのは、いつもと少し違う声だった。


「こっちへおいで。お前も轢かれろ」

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野々村鴉蚣 @akou_nonomura

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