隣の席

月橋 正三郎

隣の席

 新学期、席替えで彼と隣になった。

 くじを引いた瞬間は平気なふりをしたけど、心臓が喉までせり上がって息が苦しかった。

 授業中、彼が鉛筆でノートを取る音が聞こえる。消しゴムを使うとき、少しだけ肩が触れる。そんな些細なことが、嬉しいような、怖いような気持ちを呼び起こす。

「シャーペン貸して」

 不意に声をかけられて、手が震えた。筆箱から慌てて取り出すと、彼は何も気づかずに「サンキュ」と笑う。その笑顔が眩しくて、視線を戻せない。

 放課後、友達が彼に普通に話しかけているのを見ると、胸がざわつく。私だけが特別じゃないんだって、当たり前のことに気づかされる。帰り道、スマホで彼へのメッセージを打ちかけては、送信できずに消す。

 きっと、彼にとって私はただのクラスメイト。

 でも、私にとって彼は一日の全部を揺らす存在。

 この差が切なくて、夜になると布団の中でため息をつく。

 ある日、小テストで消しゴムを忘れたとき、彼が自分のを半分に切って差し出してくれた。

「ほら、使えよ」

 その何気ない優しさを、私は一生覚えてしまうんだろう。彼はすぐに忘れるのに。

 隣の席はすぐにまた変わってしまう。

 そのとき私は、ただの同級生に戻る。

 だから今は、この距離のまま心にしまっておくしかない。

――もしも勇気があったら。

 消しゴムじゃなくて、私の想いを半分だけでも渡せたらよかったのに。

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隣の席 月橋 正三郎 @tukihashi_

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