第20話 コーヒーみたいなわたしの恋

わたしは走っていた。

目の前を茶色い猫がよぎる。

伝えなきゃ。

早く伝えなきゃ。

あの日、先輩がしてくれた告白。


わたしは先輩の待つカフェの中へ入る。

さっきまで走っていたから息が苦しい。


窓側に座っている先輩と目が合う。

胸がドキンと音を立てる。

先輩はにっこり笑って手を振った。

わたしも手を振りかえす。


今日、わたしは先輩に……。


「遅れちゃってごめんなさい」

椅子に座りながら謝ると、先輩は

「大丈夫だよ、そんなに待ってないし」と笑った。


「深山先輩」


「ん?」


わたしは息を大きく吸った。


「先輩とは、お付き合いできません」


先輩の瞳が揺れ動く。

「えっ…?」


「わたし、好きな人がいるんです」


先輩は頭を掻いた。

そして、わたしを見つめる。


「ホントなの?」


わたしは微笑み、「はい」と頷いた。


先輩、許してください。

嘘をつきました。

ずっと、先輩のことが好きでした。

優しいところも、一生懸命なところも、

笑顔が可愛いことも、全部。


だからこそ、わたしはあなたと付き合えない。


「好きな人…聞いてもいい?」

ウェイトレスに2人分のコーヒーを頼み、

先輩が控えめに言う。



「……結衣です」

わたしは親友の名を挙げる。

大好きなあの子。


「えっ、結衣ちゃんって女の子じゃ……」

困惑の表情を浮かべる先輩。


「はい、わたしは結衣が好きです。

真面目で、思いやりのあるあの子が。

だから無理なんです。」


泣きそうになる。

どうか、涙がこぼれませんように。

涙を流せば全部台無しだ。


先輩は深く息を吐いた。


「そっか…」


ウェイトレスが注文した

コーヒーをテーブルに置いて持ち場に戻る。


「分かった。」


先輩が口火を切った。

「そこまで言うなら諦めるしかないね」

弱々しく笑う先輩に胸が痛む。


「ごめんなさい」


「謝らないでよ」

先輩は笑う。


わたしはコーヒーに口を付ける。


苦い。

でも、苦いくらいがちょうどいいんだ。

甘すぎると本来の味がわからなくなる。

コーヒーも恋も。


「先輩」

先輩がこっちを見る。


ずっと大好きでした……。


「なに?梨理りりちゃん」

優しく聞いてくる。

わたしは「なんでもありません、

呼んでみただけです」とおちゃらけてみる。

先輩はアハハと笑う。


これで大丈夫。


先輩と結衣はきっとうまくいくだろう。

先輩、わたしなんかのことは

もう忘れてください。


わたしはあの子のことが大好きなんです。

結衣が先輩を好きだと知って、

悩みました。


わたしはどうしたらいいんだろう。って。


結局、わたしは親友をとりました。

ごめんなさい、先輩。


結衣はかけがえのない親友だから、あの子が

傷つくところは見たくなかったんです。



先輩と別れ、家に帰る途中で足を止め、

結衣にメッセージを送った。


『深山先輩、好きな人にフラれたんだって。

アピールするなら今だよ!!』


さよなら、先輩。





(終わり)

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藤川みはな短編集 藤川みはな @0001117_87205

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