マージナル・リビング ~山で静かに暮らすはずが、親友の妹(元アイドル)とゲーム世界に放り込まれました。~
一仙
序章 始まりの日
第1話 予期せぬ訪問者
0年目 3月初旬 <南野 光太>
大きなガラス窓をスライドさせると早朝の冷えた空気が部屋の中へ流れ込んでくる。俺が一日のスタートとして一番好きな時間だ。
窓の向こうのウッドデッキに進んでいき、起きたばかりの体を一気に空へ向けて伸ばす。真上に伸ばした両手をゆっくりと下ろしながら、体にその冷えた空気を目一杯吸い込んで、そのまま何度か深呼吸をする。
目の前に広がるのは山間の風景。眼下には段々畑の様な斜面を九十九折に下っていく坂道が見える。その道の先には小さな集落がある。そして目線を谷の向こうの山に移すとこちらと同じようになだらかに坂道が山頂に向かい伸びている。
いつもと変わらない田舎の風景。母の田舎であるこの村に移り住んできたのは二年前。祖母が両親と同居しその主を失った母屋を俺が買い取ってリフォーム・増築して住んでいる。
「ほい。」
「おっ、すまん。おはよう。」
「おはようさん。」
一也が温かい珈琲のカップを俺に差し出す。俺はそれを受け取り一也と並んで景色を見ながら珈琲に口を付ける。苦みのある珈琲の奥に少しの甘みとコク。珈琲に少量の蜂蜜を入れる俺の好みを一也は昔から覚えてくれている。
小学校の頃からの親友である三神一也が共に暮らし始めたのはこの家が完成した直後だった。一也は高校卒業後、県外の調理師学校を卒業し有名な洋食レストランで働いていたが、時代錯誤なブラック体質の店に耐えられなくなり十年修行した店を退職し地元に帰って来た。
しかし、そこからまた新しい店舗で働くと言う気持ちがなかなか芽生えなかった一也に、俺は自宅で俺の仕事の事務作業を手伝いながら住み込みで食事の世話をしてもらえないかと相談した。
一也は二つ返事で住み込みを始め、それ以来俺は一也無しの生活は考えられなくなってしまった。栄養バランスを考えた食事を毎日三食用意してくれ、洗濯は自分の者だけ、掃除は互いのプライベートスペースまでに留め、共有スペースは事前に相談して出来る者が掃除するように決めた。
個人投資家である俺は市場の開いている午前中から夕方までの間、下手をすると食事すら取らずにPCに向かい合う事もあった。そんな時に
それをつまみながらほんの少し一也と談笑するのが俺にとっては良い休憩となっていた。正直な話、一也と暮らすようになって取引の利益は少し向上していた。
「今日は予定は?」
「いや、特にないよ。一也は?」
「畑行ってほうれん草とキャベツ取ってきたら、午前中は
「買い出し?」
「そうね。スーパーと魚屋見に行きたいかな。」
「そっか。俺も行こうかな。」
「ラッキ! 車出してくれる?」
「分かった。」
一也は嬉しそうに珈琲を飲みながらリビングに戻っていく。俺の方は今日は土曜なので株式市場は休みだ。なので久しぶりに麓のスーパーまで出かける事にした。
家から一番最寄りのスーパーまで車で30分かかり、カラオケやショッピングモールとなれば1時間ほどドライブが必要だ。なかなかの山奥なのだ。
俺達が暮らしている集落も家自体は二十軒ほどあるが、住んでいるのは四世帯ほど。しかもそのうち一世帯は生活のほとんどをショートステイの老人介護施設で過ごしている為、実際には俺達の他には7人ほどしか住んでいない。
その中にあってうちの家は集落から離れて建っている為、若い二人が夜中まで起きていようがデカい音を出そうが近所迷惑なんて事にはならない。まぁ、そんな生活はしていないが。
~・~・~・~・~
買い物を終えて荷物を乗せて家に向かい車を走らせる。一也は助手席で新たに購入した珈琲豆と紅茶の茶葉の入った袋を抱きしめて上機嫌だ。
麓の街には珈琲豆の焙煎販売をしている店があり、そこでは紅茶の販売もしている。一也はここがお気に入りで店主と奥様が試行錯誤しているブレンドを味見と称して購入し味の感想などを伝えている。お二人からしてもプロとして料理人をしていた一也の感想は嬉しいようで良い関係が築けている。
山からの伸びる木々の枝から漏れる日の光を浴びながら山道をゆっくりゆっくりと走る。国道と呼ぶには少し狭く感じる道だが、片側には山の斜面が近くに迫り反対側のガードレールの向こうは崖となっていてその下には清らかな川の流れがあるこの道は俺の大のお気に入りだ。
「そう言えば光太。あの話どうするの?」
一也が振って来た話題は俺が株式を取得しているある企業から提案された特別な株式優待案件だった。その企業の名前は『天海オフィス』。世界でも先頭を走る日本のゲーム開発業界の中で新進気鋭のゲーム開発会社・有名企業として名前が上がる事も多くなった。
「うぅ~ん....何かずっと買い増ししてる所だから受けて見たいんだけど、ゲームなんて久しくやんなくなったしなぁ。」
天海オフィスが提案してきた内容は年末から年明けに発売予定の超大型新作ゲームのテストプレイヤーになってくれないかと言う内容だった。
俺が一番最初にこの天海オフィスを知った時には会社としては立ち上がったばかりでまだまだ小さく、小さなベンチャー企業だった。俺は大学三年で天海オフィスは立ち上げてまだ一年と少しだった。天海が一作目のゲームタイトルを開発する為の資金をクラウドファンディングで募集した。俺はまだ少ない資産だったが運用で得た利益をこの会社の新作ゲーム開発費のクラウドファンディングに投資した。
その後、ゲームが売れ始め、天海が社内株を発行する時に声がかかった。
そこから天海オフィスとの株主と企業の付き合いが始まり、今まで十六年の投資家人生の中で今も株を持ち続け、買い増している企業の一つだ。
「でもかなりのビックタイトルな訳でしょ? あの
「そうだな。これで名実ともに天海のキャラデザインとマップデザインは世界的なゲームで評価されるくらいのスキルだって評価された事になるしな。」
実はこの新作ゲーム開発の旗頭は『AVALON GAMES』。言わずと知れた日本のゲーム開発企業のトップ・オブ・トップ。そのAVALONが長年ナンバリングとして開発し続けてきたRPGゲーム、『
その新作の共同開発企業として天海オフィスが選ばれ、しかもAVALONが初めて他社と組んで開発する。AVALONの看板と言っていい『UNIVERSEシリーズ』にグラフィック技術やデザイン、システム開発で名を上げて来ていた天海オフィスが共同開発社として選ばれた事は、ゲーマー界隈では大きな話題となっている。
「まぁ、返事にはまだ一ヶ月くらいあるからもうちょっと天海さんから話を聞いてから判断するよ。」
「まぁ、確かにちょっと情報少なすぎるよね。」
「一度、リモートで説明はしてもらえるらしいし。」
そんな事を言いながら国道沿いから自宅までの九十九坂へと繋がる脇道へ車を走らせる。しばらくすると私有地との境を知らせる鉄のゲートが坂の途中の脇道に姿を見せるのだが、まさかそのゲートの前に一人の女性が座っていた。
まさかこんな場所に? この辺には観光名所になるようなモノも無いし村にある温泉宿泊施設はここより10分ほど麓にあり、国道沿いに大きな看板で曲道も案内されているから迷うはずがない。
俺は驚いて車を停める。女性も驚いたように立ち上がった。デニム生地のベースボールキャップを目深に被り、服装は王道デニムパンツに黒のシャツ、その上にベージュジャケットを羽織って足元はこんな山道には不釣り合いなローファーだった。
そう、地方の山奥にいるはずの無い大都会で磨かれたファッションセンスの塊のような女性がそこにいたのだ。
そして俺の頭に過った名前が奇しくも兄である助手席の男の口から漏れ聞こえてきた。
「瑠璃菜....」
やはり。そこにいたのは一也と八つ歳の離れた妹の三神瑠璃菜だった。
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