素敵な病院なのに。
増田朋美
素敵な病院なのに。
秋が近づいてきて、もう時期涼しくなるかなという気配がだんだん感じられるようになってきた。製鉄所でも、コオロギの鳴き声が聞こえてきて、うれしいなあといっていたのであるが。
「服部病院?」
「へ行くんですか?」
杉ちゃんと、水穂さんは、驚いていった。
「ええ、そうなんです。あそこなら、私のことをちゃんと見てくれるかなと、思いまして。」
と、須藤有希は言った。
「しかしずいぶん遠いわなあ。服部病院っていったら、あそこだよね。」
「磐田市です。」
杉ちゃんと水穂さんは、そう言った。
「磐田駅っていうと、こっから掛川駅まで新幹線でいく、そして、東海道線でいくのか。」
「ほら、交通手段だって、こんなに面倒臭いのに、
なんで磐田市まで行かなくちゃいけないんだよ?」
ブッチャーは、姉を困った顔で見た。たしかに、彼女は、カミーユ・クローデルのような、美人ではあるが、それが意思をつたえるとなると、すごい剣幕になることになる。
「いいじゃないの。聰は、なんにも心配しなくていいの。ただ、富士駅まで送ってもらえば。それから問診票とかは1人で私が書くわ。」
「そうはいったってねえ。」
ブッチャーは、そういいはる姉を困った顔で見た。
「何かきっかけがあるのでしょうか。服部病院に興味もった。」
水穂さんがきくと、
「ええ、たんにオンラインカウンセリングの先生が勧めてくれただけです。」
と、有希は答える。
「オンラインってさ、姉ちゃん。そういうものを利用すると、どこに住んでいるかわかりにくくなるから、ちゃんと調べてから行ったほうがいいよ。」
と、ブッチャーは言うのであるが、
「でも、一度家からでて、どこかへ出かけるのも悪くないなと。」
と、有希はいった。
「まあ確かに、服部先生は、大変情け深い、いいお医者さんだということは聞いてます。有希さんが望んでいる医療が受けられるといいですね。」
水穂さんがそういうと、
「ええ、それは私も期待しているわ。磐田駅からは比較的近いし、のんびり行ってこれる。」
と、有希は、嬉しそうに言った。
「そういうことなら、誰か付き添いがいた方がいいと思うけど、俺では、仕事が忙しくて、それはできないなあ。」
ブッチャーがいうと、
「じゃあ、僕がなるよ!いつも暇人だから大丈夫だよ。」
杉ちゃんがでかい声で言ったため、ブッチャーは、じゃあ頼むわとお願いした。
翌日。
杉ちゃんと有希は、駅員に手伝ってもらいながら、新幹線に乗った。とりあえず、新富士から掛川駅まで、30分くらい乗せてもらい、掛川駅から、東海道線に乗り換えて磐田駅へ乗せてもらう。1時間以上のる、長旅であった。
やっと磐田駅に着いたのは昼頃である。そして駅から、5分ほど歩いた市街地のなかに、服部病院はあった。こんな街場にどうして精神科があるんかな?と、不思議に思われるくらいだった。
でも、あちらこちらの商店の窓に、服部は出ていけの横断幕が貼られていたから、あまり評判は良くないのかもしれなかった。
杉ちゃんと有希は、とりあえず病院の玄関をくぐってなかに入った。何人か患者さんが待っていたが、初診のかたはこちらです、と看護師にあんないされて、まず事前問診を受けることになった。有希がもってきたオンライン問診票をみて、看護師は、
「了解しました。それでは、うつ病と診断されているのに、よくならないということですね。」
といった。
「くすりは、SSRIを中心に服用されているのですね。」
「そうなんです。」
有希はしっかり頷いた。
「もうしばらくお待ち下さい。服部先生から、お呼び出しがあると思いますから。」
看護師に言われて、有希と杉ちゃんははいと言った。しばらく待合室で待たされて、須藤さんどうぞ、と言われ、診察室1と書かれた部屋へ通される。
「初めまして。須藤有希さん。副院長の服部幸久です。」
と、あいさつしてくれたのは、若いお医者さんであった。
「今日はどういった症状で、お悩みですか?ゆっくりで良いですから話してみてください。」
「はい、うつ病というのでしょうか。からだがどうしてもだるくて、なんにもする気にならないんです。ご飯もできるときしか食べれないし。」
有希がそういうと、
「そうですか。お薬はSSRIということですが、
これは突然暴力を振るってしまったりする例があるなど、あんまり良い薬じゃないんですよ。もし、よろしければ、別の薬に変えてみませんか。」
と、服部先生は言った。
「なんでそういう危ない薬が平気で販売されるんだ?患者さんは、先生方の実験台じゃないぞ。」
杉ちゃんが、そういうと、
「はい、そうですね。どうしても、うつに効果がある薬となると、それしかないようなところがありますからね。そうなってしまうのは謝ります。ごめんなさい。」
と、服部先生は、申し訳なさそうに言った。
「はあ腰の低い医者だな。」
杉ちゃんは言った。
「そういうわけですから、別の抗うつ薬がありますので、そちらを出しておきますね。そんなに強い薬ではないけど、継続して飲めば、大丈夫ですからね。」
と、服部先生は、処方箋を出してくれた。薬局は、向かい側にある建物だという。にこやかに送り出してもらって、杉ちゃんと有希は、診察室を出た。
「変な医者がいるもんやな。そうやって、親切に教えてくれるなんてさ。」
杉ちゃんがそういうと、
「診察も上手だし、穏やかな感じでいい先生だったわね。」
と、有希も言った。
杉ちゃんと有希は、会計を済ませ、薬をもらうため、薬局に行くことにした。道路をわたって、薬局に入ろうとしたところ。
「ちょっとあんたたち。服部さんから出てきたのよね?」
と、1人の女性が、杉ちゃんたちにいった。
「はあ、それがどうかした?」
杉ちゃんがきくと、
「困ってるのよ。あそこが、山奥からこちらに移転してきてからは、もうぎゃーぎゃーわーわー叫ぶ声がしてたまらない。」
と、女性は言った。
「うーんでもさ、精神科ってのは、そうなる患者も多いからあ、なくすのは無理じゃないの?」
杉ちゃんがそういうと、
「今まで、こんな静かな街だったのに、毎日毎日わーわー騒ぐ患者さんばかりやってきて、私たちの生活は、どうなるのかしら!」
と、女性はいうのであった。
「でも、精神科の患者さんだって、治療する場所がないと、困るだろうが?」
杉ちゃんがそういうと、
「あたしは、服部先生に見てもらって、親切に薬も変えてもらって、うれしい気持ちになりました。たしかに騒ぐ患者もいるとは思いますが、こんな素敵な病院、なかなかないと思いました。」
有希は、選挙演説みたいに女性に言った。
「たしかに、いやなのはわかるけど、でも、素敵な先生や、看護師さんがいてくれる病院、なくさないでください。」
女性は、嫌な人ね、という顔をして、去っていった。
素敵な病院なのに。 増田朋美 @masubuchi4996
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