アイワナキスユー!

水無月ナツキ

I wanna kiss you!

序章

第0話 恋と過去

 もう二度と、好きという気持ちは伝えない。そう決めていた。

 恋をすることがあったとしても、その気持ちは隠し通す。

 そうして、自分の心を守るんだ。けして傷つかないように。

 もう二度と傷つきたくなんてないから。



   ◯



「わたし、女の子が好きなの」


 小学生だったわたしは、友達の千春にそんなことを言った。

 そこは小学校の校舎裏。

 わたしたち二人以外に人の気配はなくて、とても静かな場所だった。

 わたしは相談があると言って、千春をここへ連れてきた。


 わたしは男の子に恋をしたことがなくて、というよりそれまで恋をしたことがない。

 クラスの女の子たちが恋の話に花を咲かせる中、いつも他人事のように話を聞いていた。

 誰かを好きになるとはどういうことなのか、わたしはわかっていなかった。


 その答えは今でもまだはっきりとはわかっていない。

 でも言葉ではなく感覚でなんとなくわかるようになった。

 わたしは恋をしたから。


 その子のことを考えたり、その子といたりすると心がなんだかぽかぽかする。

 他の子に対しては感じないものだった。

 きっとこれが恋なんだと思った。


 そしてわたしが恋をした相手は他でもない、目の前にいる女の子。千春だった。

 でもそれを知ったとき、わたしは不安に思った。

 だって友達の女の子たちはみんながみんな男の子を好きになっていたから。


 女の子なのに女の子に恋をするのは変なんじゃないかって。

 だから千春に相談をしようと思った。


「……わたし、変かな?」


 わたしが恐る恐る聞くと、千春は不思議そうな表情を浮かべた。


「うん、変だよ」

「……え」

「女の子が女の子を好きになるのはおかしいよ」


 小学生のわたしに突きつけられたのは、好きな子からのどこまでも残酷な言葉だった。

 頭が真っ白になった。

 そんなわたしに気づくこともなく、千春は得意げな表情を浮かべてみせた。

 まるで自分の知識を教えてあげるとでも言うような、そんな表情。


「だって物語の女の子はいつも男の子に恋をしてるでしょ? パパとママだってそうだし。だから女の子は男の子に恋をしないと。それが普通なんだよ」


 何の根拠にもなっていない、子供特有の言い分。

 でも子供のわたしにはそれだけで充分だった。


 自分の恋は間違っている。

 自分の好きな人にそう否定されたことも悲しい。

 でも何よりも悲しかったのは……。


 自分の恋が叶わないかもしれないと思わされたことだった。

 千春が気持ちを受け入れてくれることはない。

 この先、次の恋を見つけられたとして、その誰かは受け入れてくれるのか。


 こんなおかしい、普通じゃないわたしを誰が受入れてくれるというんだろう。

 幼いわたしには絶望しか見えなかった。



   ◯



 それから五年が経って、わたしは高校二年生になった。

 今ではもう知っている。

 女の子同士でも恋人になっている人たちもいて、絶対に叶わない恋とは限らないと。


 でも可能性は低いことに変わりはない。

 もしも告白して振られたらと思うと怖い。

 もう好きな人に拒絶されるのは嫌だった。


 もう一度そんな目にあったら立ち直れないかもしれない。

 だからわたしは決めていた。

 恋をしても絶対に気持ちを隠し通す、と。

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