第3話 静かなる教室

 チャイムが鳴った。授業が始まる合図だ。

 耀汰は、ポケットに手を入れて階段をのんびり歩いている。さっきの出来事を振り返っていた。どうして、学級委員長の真叶まなと珠瑠みつりに本を全部持たせたのかと考えていた。自分だったら、こうするという思いが頭をぐるぐる回す。すると、後ろから2-Aの担任である中沢 勝也なかざわ かつやが出席簿を耀汰の頭にこつんと置いた。


「何してんだよ、ここで」

「いったー……。先生こそ、それを頭に乗せるのはパラハラじゃないっすか?」

 

 そんなに痛くない頭をおさえて、頬を大きく膨らます。耀汰は授業に間に合ってないことを分かったうえで、担任の中沢 勝也に悪態をつく。


「おいおい。そんなで痛いのか? 乗せただけだろ。そんなんじゃ、バスケもサッカーもできないぞ」

「……先生、俺、卓球ですよ」

「嘘だろ。バリバリの運動部だろ、堀内は。授業始まるぞ、中に入れ」

「……そう見えるっすねー。はいはい」


 堀内 耀汰 ほりうち ようたは、助っ人運動部でどこにも所属していない。誰かに頼まれたときだけ参加する。ずっと同じところにはいられないと断言していた。卓球と言ったのも嘘ではない。昨日、他校との練習試合に参加した。人数の少ない部員の穴埋めがほとんどだ。運動技術は、できる方でうまくはない。なんで呼ばれるかとモヤモヤしながら参加する。やりたくないと言いたくないのが性格だ。


 担任の中沢 勝也先生とともに前の扉から中へ入る堀内 耀汰は、教室内を見て目を大きく見開いた。さっきまで図書室にいた珠瑠みつりが教壇の目の前に座っていた。耀汰の席は窓際の隅の方だった。入ってすぐのわかりやすいところにいるのに気づかなかったなんて、思わなかった。耀汰は珠瑠が同じクラスだということを改めて分かり、鼻歌がとまらなくなる。珠瑠のそばをそっとすり抜けて進んだ。


「なぁ、なんでそんなにご機嫌なんだよ。今から本読みで静かにしなきゃないんだぜ」

 

 通り過ぎる耀汰の腕を軽くタッチして、瑛斗が声をかけて来た。あまりにもニコニコの耀汰に気持ち悪さを感じていた。


「へへん。なんでもないよーだ」

「それが、逆に気持ち悪いだろ……」

 

 本音を隠してると察した瑛斗は、じーっと耀汰を睨みつける。耀汰はそれを全然気にしていない。前の席から配られてきた珠瑠が運んできたであろう本を愛しそうに見つめる。本を読むのが嫌いだった耀汰は、本好きになる瞬間だった。眼鏡をかけていないのにまるでがり勉くんのようにそっと丁寧に本を開いている。その様子を瑛斗は寒気がするくらいに驚愕した。


「ねぇ、耀汰に何かあったのかな?」

 

 斜め後ろにいた琉凪なぎ瑛斗えいとに話しかける。あまりにも信じられない耀汰の行動に声が出ない瑛斗がいた。琉凪は納得できないモヤモヤ気持ちで鼻息を荒くした。本も読む気にもなれなかった。


 本好きな珠瑠みつりは、笑顔で本を読み始めていた。いつもより平和な教室に担任の中沢 勝也もほっと一安心だった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る